第104話 霞対ミーシャ
相手を見下す冷酷な目。
今の霞にふさわしい言葉と言えばそれしかない。
汚い汚物を見るかのようなその視線の先には、焦りと不機嫌が入り混じったミーシャ率いるモンスターたちの一団がいる。
「ケッ!たかが人間の小娘ごときすぐに消せるわ!!」
ゴブリンがそう叫んだ直後、間髪入れずゴブリンは何かを唱えながら両手の人差し指を十字に重ね、それから一気に離した。
その時間は5秒ほど。
すると、霞の周囲に水色の魔法陣が出現してそこから水柱が立ち上がり、そのまま霞を呑み込んでしまった。
丁度、彼女を水の柱に閉じ込めてしまう形だ。
「俺らを見ちまったからには容赦はしねえ!溺死しろ小娘!!」
「暗殺にも使う水流魔法。相手が窒息するまでその水柱の中からは逃れられんぞ!」
「ラクロ!油断するな!こいつは2名も俺たちの仲間を!」
仲間の一人がそう叫ぶ。
攻撃魔法を唱えたゴブリンはやや焦りの表情を見せながらも余裕を含ませた口調で返答する。
「分かってるって!だから今回はいつもの上位互換のやつをしてる。2分あれば確実に溺れるやつをな!いくら超人族の眷属と言えど息ができなきゃ話にならん!!!あとすこしで小娘の水死体が・・・」
シュッッッ!!!
バシャッッッッァァァァァ!!!!!!!!!!!
そうゴブリンが言った直後、霞を包み込んでいた水柱が丁度バツの形に切られ、瞬く間に水柱は崩壊した。
赤いじゅうたんが敷かれたホテルの廊下が膨大な水で洪水のような流れを作る。
「てっ!なんでええええええええええええ!!!!!!!!!!!????」
魔法の唱え主であるゴブリンは驚きを隠せない。
確実に仕留めるための魔法があっさりと破られたのだ。
暗殺には海辺などの水場が最適とされている。
なにせ水辺での暗殺は事故に見せかけやすく、犯罪の証拠もほぼ出ないからだ。
人間の権力者の依頼を受けて多くの不都合な存在を事故や自殺に見せかけて消してきた暗殺者ラクロにとって、溺死に見せかけられる本魔法は得意技。
溺死させたあとは海あたりに死体を遺棄すればあとは事故ということで終わり。
海で見つかった溺死体はほとんど事故死として処理されるのだ。
だが、そんな人間に例外なく通用してきた戦術は今、目の前で破られた。
「窒息させて確実に仕留める俺のとっておきの水圧魔法を喰らって簡単に脱出してくるとは・・・。てめえ、何しやがった!!!」
「あ~あ、せっかくの制服がびしょ濡れ。どうしてくれるのかしら~。ホントうっとうしい!!」
そう言うと彼女は片手に持った得物を一振りした。
彼女の手にはどこから取り出したのか、身の丈ほどの刀身を持つレイピア(西洋式剣の一種)が握られていた。
その刃はこの世のものとは思えぬ美しい白金のような輝きを放っている。
「なっ!?何だよこの女!?」
ゴブリンたちが動揺しているのを気にするそぶりもないまま、霞はレイピアをまっすぐ目の前のモンスターたちに向けた。
周囲には先ほど一瞬で仕留められた首と胴体が離れた亡骸が2体。
“まっ、マズイ!!この小娘、たぶん・・・!!”
ミーシャの目にはこの少女の特徴を瞬時に見抜いた。
「おいお前ら!全力を出してかかれ!!この女は間違いなく超人族の血を与えられた存在!!並の化け物じゃない!!」
ミーシャの指摘に近くにいたリザードマンのチャコは動揺を隠せない。
「オイ、超人族の眷属と正面からやり合うだと!?ミーシャ正気か!?全員なます切りにされてお陀仏だぞ!?」
「ほら見たことか!!ブラッドの旦那からいつになく羽振りのいい依頼が来たと思って浮かれてふたを開けてみれば超人族のトップクラスに今度は眷属との殺し合いだ!!俺らははめられたんだよ!!どう責任取る気だクソミーシャ!!!」
「・・・けっ・・・、こんなジョーカー案件やってられっか・・・。命あっての暗殺稼業。ここはトンズラにかぎ・・・・・」
ヒュンッ!!!ドッ!!
「ンギャーッッッッッッ!!!!!!」
閃光のようなものが一瞬光ったとミーシャたちが気づいた瞬間、後ろを向いて一人逃げる構えを見せたゴブリンの一人の背中に燃え盛る矢のような炎が突き刺さっていたのだ。
「んっふっふ♬み~んな逃さない!!!」
霞はレイピアを握ったのとは別の手のひらをゴブリンに向けていた。
「弓の形状の火球!!みっ、見切れなかった・・・・!!!!」
「我々でもこれほどの速度の攻撃魔法を使えるのはそう多くない・・・・。まずいぞ!!!!」
「おい!!全員全力で行け!!!この小娘本気でやばいわよ!!!」
「くっ、来るぞ!!!」
「おっ、おいやば・・・!!」
ミーシャがそう叫んだ直後、霞は美しい刀身の切っ先をまっすぐモンスターたちへと向け、すさまじい勢いで突進してきた!
ズスッッッッッッ!!!!!!
「んぶあっっ!!!!!!」
彼女の神速の突きが先ほど彼女を水柱に閉じ込めていたゴブリンの心臓を一つ気にする。
「やりやがったな!!!このアマああああああああ!!!!!!!!」
仲間をやられたリザードマンの一人がカートに隠していたAK74Mを瞬時に取り出し、当たりかまわず目の前の少女めがけてフルオートで乱射する。
ドドドン!!!ドドドン!!!ドドドドドドドドドンッッッッッッ!!!!!!!
重く乾いた、軽快という言葉に重力の重みを混ぜたような5.45mm×39弾の射撃音がホテルの壁に易々と無数の風穴を開けていく。
風穴を開けるとは古い言い回しだが、その光景は改めて銃器というものが人間では到底かなわない力を持つという基本的、原始的な感情を再認識させるのに十分すぎるものだった。
だが、その銃弾。
本来人間など簡単に蹂躙しつくせる教団の数々は目の前の華奢な少女に傷一つ負わせられていない。
三好霞は人外の素早さで間合いを詰め、リザードマンへと迫る。
ガッ!!!!!
鈍い金属音が響く。
次の瞬間、凶弾をまき散らしていたAK74Mの銃口が火を噴くのを不自然に止めた直後、それは銃の中央から真っ二つに切られた。
同時にそれを発砲していたリザードマンの体から力が抜け、その場に倒れこむ。
その口から青い血が流れ出た。
ミーシャの顔に焦りが滲む。
“どういうこと!!?小笠原様の部下と戦うなんて聞いていない!!秀樹様からもこんなシチュ聞いていない!!どうすれば!!!?”
ズカッッッ!!!!!!
ヴッッッッッ!!!!!!!
ブシュッッッッッッ!!!!!!!!!!
モンスターたち一同が二本の足で立っていられたのはそこまでだった。
腕利きの暗殺者たちは指揮官の女一人を除いて全員が床へと倒れこむ。
そしてモンスターの血にまみれたレイピアの切っ先は逃げる間もなくミーシャの胸元へと突き付けられた。
霞の冷酷な口がミーシャへと向けられる。
「答えよ下郎。なぜおまえのような輩がここにいる?」
「・・・・・・・」
「言え!!!」
「その質問には答えられない!!」
「では質問を変えましょう。そのカートの中に何を隠しているの?」
「そっ、その中は!!!」
霞はミーシャの叫びに耳を貸さなかった。
カートを覆っている人造のほろ布製の覆いをとり、中を見た。
そこには人ならざる雰囲気を持つ色白の少女が一人。
両手両足に枷をはめられて口を封じられたその姿は何も聞かなくてもどこからか拉致されてきた少女であることは霞にも一目で分かった。
「この少女は何者?」
「そっ、それは・・・・・。言え・・・ない!」
「耳の形や服装からこの少女は新世界のエルフ系の少女であることは明白。それに手足を縛って口も封じているとは・・・。ますます何を考えているのか聞かせていただかないとねえ?」
「そっ・・それは・・・・・・・」
剣の切っ先がミーシャの胸元から喉元へと向きを変え、剣に込められた殺気がさらに増したその時!
バンッッッッッッ!!!!!!
彼女たちのいる廊下のすぐ近くの非常階段の扉が乱暴に開けられる音がフロア全体に響き渡った。
「何?」
三好霞は少しおどろきながらも冷静な口調で言う。
「この感じ!まさか・・・!?」
対するミーシャは何か心当たりがある表情を見せた。
「はあっ!!はあっ!!んたく!!魔力を使ってもやっぱ30階以上の階段はきつい!!!!」
大きく全開になった非常階段の扉から一人の少年が息を切らしながら出てくる。
「魔力を感じる・・・。誰だそこにいるのは!!!!」
その少年、サトシはフロア全体に響き渡る声で叫んだ。
霞は彼を見るなり、やや間の抜けたような口調になった。
「おやおや、そこの中学生。ここは立ち入り禁止区域ですよ。早くお帰りなさい」
不自然になれなれしい、人を諭すような声。
それでいて、徹頭徹尾目の前の存在を見下す姿勢を隠し持った声色。
その口調は少年の癇に障るのに十分だった。
“この女の制服。どっかで見たような気が・・・。そうだ、確か葦國とかいう奴と一緒にいた魔法とかを無効化する女子中学生と同じ!?一体こいつは何者・・・!?”
「・・・・・誰だ、お前!?それにそこにいるのはどっかで見た・・・?あっ!!!!」
サトシは目の前の女子高生よりも、その少女に剣を突き付けられている女の方に注意が行った。
「うっ!!おっお前、あの時のクソガキ!!!!!」
「お前は!!ミーシャ!!!!!!」
階段を駆け上ってきた疲労が一瞬で吹き飛ぶ。
目の前にはエルフの少女をさらった犯人にして、自身の宿敵がいる。
なぜここにいるのか?
そんなことはどうでもいい!
頭で考えるより先にサトシは例の袋に手を突っ込みながらミーシャへと突進する!
走りざまに袋から取り出したのはコールドスチール・マグナムタント―ナイフ。
日本刀をモチーフに作られた切れ味抜群・耐久性抜群のタント―ポイントを持つナイフ。
実は日本の岐阜県関市で作られたナイフであることはあまり知られていない。
だが、規制の関係で日本では手に入らない。
日本生まれながら本国では日を見なかったものだ。
サトシは我を忘れる勢いで目の前のミーシャに手にしたナイフを突き刺しにかかる。
だが。
「おっと。待ちなさい少年!」
「邪魔すんな!!!女あああああ!!!!!」
ギンッッッッッ!!!!
霞のレイピアはサトシのマグナムタントーの突きを受け流して受け止めた。
霞の口調にやや不機嫌さが加わる。
「君・・・、ただの男の子じゃないみたいね?冥様のおられるこの場に侵入する無礼といい、首を突っ込んじゃいけない領域に踏み入れちゃってるでしょ?いけないなあ~」
三好霞の目には先ほどにもまして狂気と殺気が宿り始めていた。




