第103話 ケルベロスはまさに律子を喰らわんとする
異形の化け物が律子を見るや、目にもとまらぬ速さで襲い掛かってきた。
「キャハハ!!その子は冥界の深淵から召喚した特別な獣。通常の武器はおろか殿上人の魔力でも簡単には消すことはできませんよ!!」
律子は寸でのところで飛びかかってきた化け物の爪をかわした。
武道で鍛えた反射神経が無意識に反応したのだ。
この相手は危険だと。
自覚する意識とは関係なく、自らの無意識が律子にそう警告していた。
とまどう律子を見て魔女は笑いながら得意げな口調で叫ぶ。
「よくぞかわしましたね!でもそれが限界ですよ!!シャドウケルベロスは一度召喚されたら標的を生きたまま地獄に引き込むまで決して消滅することはありません!!無駄な抵抗はおよしなさいな!!!」
先ほどギリギリかわせたとはいえ、左手から血が流れ出る。
自分の血ってこんなに真っ赤だったんだ。
初めて採血検査をした際に自分の血が抜かれてそれが真っ赤だったのを見たときに気分が悪くなって倒れかけたのを思い出す。
こんなに真っ赤な自分の血が多く流れるのをはっきりと見るのはそれ以来のことだけど何度見ても慣れないものだとふと思った。
紺色と白のセーラー服にも真っ赤な血がついてしまった。
「何!?何なのこの化け物は!?」
この世の存在ではない本物の化け物を前に、律子は足がすくむ。
新世界でも人間以外の存在は嫌が応なしに見てきたが、これはそれとも異質。
一応召喚と目の前の人が言っているから魔法の類なのだろうが、それにしても異形で怖い。
全身真っ黒で、時々青い色が混じった炎がそのまま狼の姿になった感じ。
それでいて頭が3つもある。
どこかの特撮怪獣ではあるまいし、ファンタジーの世界にいるモンスターらしいと言えばそれまでだが、現実世界でこれを見るとリアルな文、いやがおうにも生理的な恐怖と嫌悪を感じてしまう。
“どうする!?徒手空拳じゃとても勝てそうにない・・・。あの炎の塊みたいな化け物には銃とか物理的攻撃は効かなそうだし・・・。どうすれば・・・・・・!?”
その時、律子の頭にエルード族長の言葉がよぎった。
““魔法を使う場合、術者は自らの内面に現実に発現させたいイメージを描き、それを現実に相手にダメージを与えるレベルにまで具現化させて相手を攻撃する手法が魔法と呼ばれるものじゃ”“
“” おぬしはその自己洗脳を含めた洗脳という要素から生まれるすべての結果をもとの状態に戻す、いわば解除してしまう能力を持つに至っておる“”
“” おぬしはおそらくその霞という知り合いの人間の心のまやかしを打ち破って、その者の本来の心を取り戻したいと強く思い続けておったのじゃろう“”
“そうだ!エルードさんは言ってた!魔法はすべて使う人のイメージで作られるって!”
“私が偶然身につけた力はそれを解除できるって。”
“それに今まで公子さんたちがやっていたやり方を真似すれば・・・”
“これに賭けるしかない!!”
意志を固めた律子はその場から動こうとしない。
それを見た公子は少女と格闘戦を続けながら叫んだ。
「律子!!逃げて!!!それは普通の魔法で精製された存在じゃない!!!それは今のあなたでも無効化できない!!!」
だが、魔女は律子を逃す気などさらさらない。
それに、律子も叫ぶ。
「公子さん!私はこの化け物を倒して見せます!!!」
「律子!!!無茶よ!!!!!!!!」
「恐怖で正常に頭が回らなくなったようね、小娘!!!シャドウケルベロス!!!そのクソ生意気な娘を地獄に引きずり込みなさい!!!!」
異形の化け物は今度こそ律子の胸を貫かんとする勢いで彼女へと襲い掛かった。
“速い!!こんどはよけられない!!”
“でも・・・・・・、やってみよう!!!”
律子は覚悟を決めるとすべての意識を集中し、頭の中でイメージを描く。
そして、目の前の化け物が消滅するという映像を思い浮かべた。
そして、両手を襲い来る化け物に向け、強い意志を持って叫んだ。
「消えろ!!!!!!!!!!」
律子がそう叫んだ瞬間、律子の叫びは目に見える衝撃波の形になって襲い来るケルベロスに逆に襲い掛かった。
ケルベロスは突然の出来事に回避しきれなかった。
その衝撃波は異形の化け物であっても危険な代物だとすぐに分かったが、気づくのが一瞬遅かった。
そして、律子の直前まで接近し今まさに彼女を喰らわんとしていたケルベロスの3つある頭の内の2つに命中し、2つの頭が丸ごと消し飛んだ!
ギャキイイイイイイイイイイイイイイイイイッッッッッッッ!!!!!!!
1つだけ残った頭が苦悶の表情を浮かべながら苦痛に満ちた悲鳴を上げてその場にのたうち回る!
無意識にできた。
武道でもダンスでもうまい人のやり方をまねるとうまくなるって昔師範が言っていた。
間近で公子さんや他の人が魔法を使うのを見て、もしかして念を集中させて強化しているんじゃないのかなって薄々思ってた。
それを一か八かまねて意志を集中し、自分を信じて目の前の脅威を無に帰せしめる。
そう思いを強くして目の前にぶつけるイメージをしたら正解だった。
正直、あんな漫画みたいな衝撃波が繰り出せるなんて思いもしなかったけど・・・。
まあ・・・、日ごろ空手でうまい人のエッセンスをまねて取り入れる意識が偶然だが魔法などの特異な分野でも生かすことができたのだ。
想定外の事態に魔女は軍人特有の冷静さを保ちながらも明らかに動揺した。
“シャドウケルベロスの頭を吹き飛ばすだと!!!あの小娘、データを超える実力を身につけていたというのか!?そこまでの能力者とはデータにない。短期間でこれほどの実力を身につけたとでもいうのか!?それだとしたら成長が早すぎる!!”
魔女は唾を呑み込み、冷静な表情を崩さずに思慮をめぐらす。
“形成は不利。ここは一旦撤退を、へっ!?ブゲッッッッッッッ!!!!!!”
合理的にその場を撤退しようと考えていた魔女に向かって、何か質量のある物が投げつけられた。
それは先ほどまで公子と戦っていた少女そのものだった。
2人はそのまま近くのビルのコンクリート壁に勢いよく叩きつけられた。
「がはっっっっっっっ!!!!!!!」
少女をぶつけられた時の衝撃と、コンクリート壁へ叩きつけられた衝撃が2つ重なり、魔女の口から勢いよく血反吐が吐かれた。
「手こずらせてくれたわね、魔導士風情!!!おまけに律子を傷つけるなんて許さない!!!!!!!!!」
憤怒の表情で仁王立ちする葦國公子が魔女の眼前に降り立った。




