第101話 ミーシャたちの前に立ちはだかる者
エンペラーホテル地下3階。
一人の女が何やらぼそぼそとつぶやく。
その語気は小さいながらも荒い。
「鳩崎様・・・・。一体いつまでここにいればいいの・・・・!?」
その女、ミーシャ。
数時間前、雇ったプロの暗殺者数名とともにホワイトエルフの娘を拉致して現実世界に脱出。
彼女の主人に指定された場所へ仲間とともに隠れて早1時間半は経ったか。
彼女の主人、鳩崎秀樹からの連絡はまだない。
既に今日は新世界で激戦を経てきただけに、数時間たってもなお気が休まらない。
アドレナリンが止まらない感じになっていた。
その時だった。
“ミーシャ。ミーシャ、聞こえるかい?”
“この声は!?秀樹様!?”
彼女の心の中に直接聞こえた男性の声。
“僕だよミーシャ。ホワイトエルフの娘の拉致及び、指定場所での待機、よくぞ我慢してくれた”
“は、はい。”
険のある声が一変、女性らしい声で彼女は彼に返答する。
“時期はきた。今、君を含む全員で魔力を解放するんだ。全開まではしなくていい。新世界で君たちが普段通りに過ごしている時のようにするだけでいい”
“・・・・ということは!?”
“察しの通り、彼が来た”
“あのクソガキが!?”
“そうだ、君たちが今いるホテルのすぐそばまで来ている。今は言う通りにするんだ”
“・・・・分かりました!”
ミーシャは小さな声で、それでいて怒気のこもった声で仲間に叫ぶ。
「時間だ!魔力を解放しろ!ただし、新世界で普段生活している時みたいにごく自然体でいい!」
彼女の仲間たちの表情は様々。
めんどくさがる者。
渋い顔をする者。
無表情でいる者。
「わけわかんねえが、依頼主との契約を優先する」
暗殺者のメンバーの中でもリーダー格のデーモンの一声で、いずれもミーシャに言われたとおりにする。
“次は人間に化けてホテルの内部、それも小笠原冥のいる階付近にうまく移動してくれ”
彼女はもう一度声を抑えつつも、だが耳に響く声でモンスター一同へ指示を飛ばす。
「お前ら!今から予定通り移動する!くれぐれも人間に正体をバレんなよ!!」
「変身魔法に手抜かりはないな!!」
そういった直後にミーシャ自らも魔法で人間の若い女性に化ける。
ミーシャを含めて全員がホテルの従業員へと姿を変えた。
外見的特徴は全く人間と区別はできない。
「武器もこいつに隠しておくぞ」
仲間のリザードマンが指をさした方向には掃除用具やシーツなどを入れるカートがあった。
大型ホテルの掃除担当者が使うものだ。
「事前のリサーチ通り、この大きさならライフル銃も何とか隠せる。ストックが折りたためるタイプにしといて正解だったな」
「まあ、俺たちの手持ちはピストルとサブマシンガン、それに短剣がメインだから、隠すのに手間はかからん」
四方が布のバッグのようになって中に人一人は入るカートには、両手足を縛って眠っているホワイトエルフの少女が入れられた。
「チャコ。この娘にかけた催眠魔法の残り時間は?」
「後持って2時間。それ以上は持たんだろうな」
「手押し車に武器を隠す依頼は前にもあったな」
「ああ、殿上人のことを嗅ぎまわってた人間の、確か聞屋とかジャーナリストとかいう人間の情報屋を自殺という形で始末したとき。政治家でも何件かあったかなあ・・・」
「ケッ、仕事とは言え人間の掃除夫に化ける羽目になるとはブツブツ・・・」
「ゴタゴタうるさい!この階から上は人間どもがうじゃうじゃいる。くれぐれも自然な応対をしろよ!!!」
複数あるエレベータにそれぞれ数名ずつ分かれて乗り込む。
「おい、ミーシャ。人間にせっかく化けてるのに魔法力だけ少し解放しろって矛盾してんじゃねえのかよ?万が一人間の中に魔法に関して知ってるのがいたとしたらまずいぞ」
「しっ!!わかってるわよ!でもクライアントの注文なの!文句を言わずに魔力を少しだけでいいから解放し続けなさい!」
エレベータ内は早くも不協和音が響きわたっていた。
最新式のエレベーターはほとんど揺れもなく、わずか数十秒で目的の階に着いた。
“鳩崎様はこの階で降りて掃除担当者の振りをしながら周囲を移動していろと言っていたけど・・・”
そこは目的とする小笠原冥のいる会場の二つ下の階。
周囲にほとんど人気はない。
「ケッ!人っ子一人いねえじゃねえか!」
「おい、ミーシャ?ほんとにこの階をうろつくだけでいいのか?」
「そう指示されているわ。ッたく!ぐずぐず言わずに移動するわよ!あくまで自然体を心掛けなさい!」
「あいよ!」
「ういー!」
「チッ!めんどくせえ!」
一行はホテルの通路をカートを押しながら歩き続ける。まれに宿泊客とすれ違うが、外見が掃除担当者の服装をした人間そのもののため不審がられることはない。
しいて言えば、本来朝方に活動する掃除担当者が夜の通路を通る点に違和感があると言えばある。
だが、客は全くと言っていいほど気にしている様子はない。
“何とか任務遂行できそうね・・・”
そうミーシャが思った矢先。
タッ、タッ、タッ、タッ。
目の前から制服姿の少女が歩いてくる。
通路に敷かれた絨毯のせいで大きな足音が聞こえるわけではない。
だが、何か威厳を感じさせる歩き方。
ミーシャは気づかれぬよう注意深く、かぶったキャップ越しに彼女の目を見た。
自身に満ちた眼光。
殿上人ではないが通常の人間ではない魔力を感じる。
そして、体幹から感じる一種独特とでもいうべき凄み。
“マズい!!”
“ミーシャは仲間に瞬時にめくわせをし、極めて微弱な通信魔法で各人の心の中に話かける”
“わずかな魔法力放出も今はいったん中止!目の前からくる小娘を自然体でやり過ごせ”
だが、ミーシャに言われなくても傭兵たちはそうしていた。
実戦を潜りぬけてきた直感がその少女には関わってはならないと瞬時に認識させていたのだ。
少女は何事もないかのように彼女たちとすれ違った。
一行は安堵した。
“フッウゥゥゥッッ!人間の小娘ごときになんでこうも緊張したんだろ!?”
“な、なあ!?さっきの人間の小娘のことだが?”
“ああ!わかってる。ただもんじゃない”
“最近、超人族以外の人間の中にもずば抜けた力を手にした者がいるとかいう話を聞いたが、もしやあの小娘がそうなのか!?”
“分からん。今回の案件とは関係ないとは思うが・・・・・・・”
安堵した反動で、各人が通信魔法でお互いの心のうちに話しかけ合う。
魔力を一時遮断したはずが、いつも通信魔法で戦場でも連携を取り合う癖が災いし、各自つい魔力を無意識のうちに再び開放してしまっていた。
そして、その場にいる誰も気づいていなかった。
彼らが安心して心の内でお互いに通信魔法でしゃべり始めた直後、先ほどの少女の口元に怪しげな笑みが浮かんだことに。
“ちっ!人間って特に最近得体の知れないのが多いから油断も隙も無い!!人間どもの中にもああいうのがいるようになって面倒な時代になってきたわね!!”
ミーシャが心中悪態をつきながらもやや安堵したその時だった。
最後尾にいたゴブリンの足が止まった。
リザードマンが違和感を感じて小声で話しかける。
「おっ、おい!何してんだよ!?って!!!!!」
列の最後にいたゴブリンの一人。
人間の掃除担当者に完璧に化けていた彼の首が胴体から外れていた。
「だっ!誰だ!!お!!!」
そう叫んだリザードマンも次の瞬間、本来つながっていなければならない手足が胴体と離れていた。
「ひいいいいいっっっっっっっ!!!!!!!!!!!!!!」
「何だよ、こいつ!?ただの人間じゃねえ!!!!」
仲間の叫んだ方向を一斉に見る一同。
その先には先ほどの制服姿の少女がいた。
眉間にシワを寄せた険しい表情で、恐る恐る視線を目の前の少女に向けるミーシャ。
その先には。
「なぜでしょう?なぜでしょう?なぜでしょう?なぜでしょう?」
さきほど通り過ぎたはずの少女が一人、ミーシャたちのすぐ後ろ付近にまで来ていた。
“なによこの小娘!?全く気配を感じずに私たちの背後をとるなんて!?”
“それにこの娘。どっかで見たことのある服を・・・”
!!!
“まさか!!葦國様と新世界で一緒にいたあの小娘と同じ服装!?”
ミーシャがそう考えているうちに少女はゆっくりと彼女の方へ近づき、そして立ち止まった。
「我が主、小笠原冥様の祝賀会が開かれているこの場になぜ、殿上人様の雑用人が下等生物どもをひきつれてこの場にいるのかしら?」
冷たい声色の鋭い言葉に、ミーシャは平静を装う。
「なっ、なんでしょうか?私たちはただの掃除人でございまして・・・」
「だまれ!!!!」
制服姿の少女が叫んだ直後に、一同はすぐさまカートの中から銃を取り出して身構え、銃口を少女に向けた。
「本日ここは冥様の許しを得た者だけが入ることを許されているはず。あなたたちのような獣未満の分際に招待状が送られたというお話は冥様からお聞きしておりませんが?」
「おまけにさきほどから微弱な魔力を感知しておりました。発生源はあなた達ですね?」
「何が目的でこのホテルに来たとかは知りませんが、不法侵入者は容赦なく消せと冥様からご許可をいただいております」
「おい!ミーシャ!こいつには何を言っても無駄な感じだぜ!!」
ゴブリンの一人はもはや隠す必要もないと見たのか、変身魔法を解いて元の姿に戻った。
一斉に他の者たちも元の姿に戻った。
彼らの態度を待っていましたと言わんばかりに、制服の少女・三好霞は叫ぶ。
「汚い下等生物は抹殺あるのみ!!!!!!!!!!!!!!」




