第98話 紅一点との再会
東京駅。
首都の駅ということもあって、その華麗さは日本随一の格式を誇ると言っても過言ではない。
戦前の威容が完全に復元された作りは、帝都と呼ばれたころの威厳と最新の流行が合わさった重厚な華やかさを誰の心にも印象付ける威容を持つ。
だが、ろくな人生を歩んでこなかった者にとって、その輝きは心を切り裂く残酷な刃でしかない。
建物や街並みが美しかろうと、華やかだろうと、それに反比例するように人間の精神はかつてなくすさんでいる気がする。
殿上人がすべてを予定調和的に支配する現実において、みんな心に鍵をかけてその日暮らしのための劣悪な低賃金労働に我慢するしかない。
そんな時代が数十年前からずっと続く。
それに異議を唱えたら、いつの間にかごく自然を装って村八分にされ、収入を得ることができなくなる。
会社をクビにされると、再就職は絶望的か、あってもグローバル企業の倉庫業務で使い捨て部品のような奴隷労働しかないので、会社に不正があっても内部告発をするものはいない。
報復人事が当たり前のように行われ、しかも司法も同僚も決して正義を持った人間を助けたりはしない。
社会的正義を守ると称する制度は表向きは整っても、実効性は全くない。
ゴブリンのおっさん宅で見た報告書には、生々しい現実の実態がルポルタージュの要領で書かれていたのが衝撃的だった。
学校も同じだ。
俺の友人にも執拗ないじめを受けて不登校になり、転校した人がいたが、教師も誰も助けようとはしなかった。
助けたら今度は自分がリンチの標的になるからだ。
かく言う俺自身も彼を助けられなかった。
俺自身もひどい暴力を受けて心身がまともに機能しない状態だったからだ。
そこに正義など存在しなかった。
ある教師はおとなしい奴をさんざんいびり、気性の荒い奴にはびくびくして媚びを売っていたのを目の前で見たこともある。
善と悪の基準が転倒し、その区別がなくなっていたのだ。
今思い出してもつらい・・・・・・・・・・。
平日の夜ということもあって、構内の人通りはとても多い。
そこを通る人々は一応ごく普通の表情をしてはいる。
内情はどうなのかは分からない。
苦しい人生にあえいできた俺にとって、人が多くてもごく普通の人々が行きかう場所は精神的によろしくない。
自分が一人、取り残されたかのような絶望的な孤独感に襲われるのだ。
大勢の人出が行きかう場所であるにもかかわらず・・・、いや、だからこそ、だ。
もっとも、普通の表情をしている人々も内心はどうなのか分からない・・・・。
おっと!今は感傷に浸っている場合じゃない。
小笠原のいるホテルって、確かエンペラーホテルだったな・・・。
名前は聞いたことがあるから、駅の案内板を見てすぐに場所はわかった。
丸の内口側に位置する、日本の勝ち組達専用の空間にそのホテルは位置していた。
場違いな空気が充満する空間を俺は目的地へと急ぐ。
ピーッ!!!ピーッ!!!
小さく、それでいて甲高い耳をつんざく呼び出し音が食糧倉庫内部に響き渡る。
「こちらタンゴ。“CLOWN”が貴殿潜伏先付近に近づきつつある。予定通り魔力を解放せよ!」
耳に付けたインカムから聞こえる無機質な命令の直後、ミーシャが間髪入れず口を開いた。
「聞こえたわね!!一斉に魔力を解放してここから上の階に行くわよ!!!それと全員背広姿の成人男性に変身。偽造した招待カードも持った?」
抑制しながらも甲高く耳障りな命令口調に、彼女の近くで壁にもたれかかっていたデーモンはけだるそうな態度を隠そうとしない。
「へいへい。わけわかんねえ作戦だぜこりゃ。慣れてるつってもまた人間に化けんのかよ・・・・。軍みたいな恰好のお次は背広って・・・・・・」
同じくメンバーのゴブリンは黄土色の額の皮膚をガリガリ搔きながら眉間にシワを寄せている。
「隠れて魔力を消しておけと命令しておいて、今度は一斉に解放しろとは・・・。人間どもの世界でこんなみみっちい作戦を立てるとは、依頼主はよほどの好きもんだな、オイ?」
一筋縄ではいかない訳アリのメンバーの愚痴をミーシャは一喝する。
「ブツブツうるさい!!!時間はないわよ、早くしなさい!!!ブラッドさんにクレーム入れるわよ!!!!!」
「はいよ・・・」
「へ~い・・・・・。“ったく、偉そうに”」
空気の通りが悪い倉庫の中に10名前後もいるせいで空気は悪い。
タバコをふかすものもいるのでなおさらだ。
そんな部屋をやっと出られて安堵しているのか、単に面倒なのか、その両方が入り混じった人ならざる者たちは、それぞれ自らに魔法をかけた。
見る見るうちに背広の人間の姿へと変化した者たちは、同じく若いパーティードレス姿の人間女性になったリーダーの後をついていく。
途中まで大柄の者が担いでいたエルフの少女は気絶しているのか眠ったまま、倉庫の外に置いてあった車輪付きの巨大な黒い楽器ケースに詰め込まれて運ばれていった。
ホテルに向かう前に、俺ははっと思い出して立ち止まった。
“そういえば、魔力探知の石はどうなっているか?”
“かすかでも魔力を持った者が近くにいれば特有の光を放って探知できるのがこのアイテムの力だ”
“小笠原がホントにいるかも調べたいけど、殿上人みたいに普段魔力を完全に消し去ることのできる存在は探知できないのが難だな”
“さっきから多少の反応があったり消えたりを繰り返しているが、さっきの雑魚のような連中が少なからずいるということだろうか?”
“もしエルフのあの子や、小笠原がいれば反応があるはずだ”
俺は魔力探知ができる水晶を袋から再び取り出し、近くに魔力を持つ者がいないか念じた。
すると、水晶が真っ赤に光り出した。
反応具合から目的とするエンペラーホテルが震源地とわかる。
「かかった!!やはり何かいやがる!誰だ!?」
俺は探知した水晶の魔力に思念を集中する。
しばらくすると、最初は曇ったようなぼんやりとした映像が頭の中に浮かび上がってきた。
やがて頭の中に映し出された映像が鮮明になっていく。
水晶によって目的の対象を映し出す魔法の応用だ。
“これは何の部屋?何かの倉庫か?それに誰かが縛られている!”
俺の頭の中に、今まさに一人の少女を担いで出ていく背広の集団の映像が浮かび上がった。
見える限り姿かたちは人間。
“間違いない!!ホワイトエルフの子だ!!周りにいるのは誰なんだこいつら!?”
そして、その中に見慣れた者が一人、俺の頭の中に映し出された。
眉間に深いしわを寄せた、美貌ながらきつい性格をうかがわせるこの世ならざる雰囲気の女。
“ミーシャ!!!!あのクソ女神こんなところにいやがったのか!!?”
彼女たち一味が何かをしゃべっている映像が浮かぶ。
だが、サトシは音声まで映し出すことはできなかった。
“何を考えている?小笠原のいる可能性のあるホテルにいるとは・・・”
“やっぱ奴らはグルだったんだな!急がないと!!!”
考える前に俺はホテルへ向かって走り始めていた。
走ろうとした直後、俺は反射的に急ブレーキをかけて止まった。
目の前。
横断歩道の先にいる一つの異様。
全身を黒いローブが何かに身を包む何かがいる。
それはまっすぐ俺を見つめている。
目を覆うバイザーみたいなのをつけているせいか、顔が分からない。
新手の敵か!?
だけど、どこかで俺はこいつを知っている・・・・・・・。
どこで・・・!?
誰なんだよ、こいつ!?
「・・・ひさしぶりね、サトシ君」
聞き覚えのある声!?
女の声、それも俺と同年代位の!?
「ひどいなあ?私のこと。忘れちゃったの?一緒に冒険してたのに」
黒っぽいローブで全身を覆った目の前の何かは、目の周囲を覆うバイザーをゆっくりと両手で取り外した。
バイザーの下から見えてきたのは、身に覚えのある容姿端麗な少女の顔だった。
「きっ、君は!!アミさん!!!!!」




