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同期卒業-同期、恋人になりました-  作者: あおきつばさ


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第9章:姫様ご乱心の婚約解消

第9章:姫様ご乱心の婚約解消


「──で、どうだったわけ? 銀座のハイスペコンサル男は」


月曜日のランチタイム。

社食の片隅で、香織が冷やしうどんをすする手を止めて、身を乗り出してきた。


私はお弁当の卵焼きをつつきながら、どんよりとした溜め息を吐き出す。


「うーん……スペックは本当に文句なしだったんだけどね。なんか、会話のラリーが全部『面接』みたいでさ。オンとオフの切り替えがどうとか、海外赴任について来られるかとか……」


「あーあ、やっぱり」


香織はあきれたように天井を仰ぐと、箸の先を私に向けてピシッと指した。


「あんた、それデート中ずっっっと、湊斗と比べてたんでしょ? どーせ」


「うっ……!」


図星を突かれ、卵焼きが喉に詰まりそうになる。


「『湊斗ならここで笑ってくれるのに』とか、『湊斗ならガード下の焼き鳥で満足してくれるのに』とかさ。顔に書いてあるわよ、美奈。完全に坂井湊斗依存症の末期症状じゃん」


「違う、いや……違わないけど……! でも、染み付いちゃった基準はそう簡単に変えられないんだってば!」


私が頭を抱えて机に突っ伏した、その時だった。


フロアのあちこちから、


「えっ!?」

「マジで!?」


という、ただ事ではないどよめきが沸き起こった。


スマートフォンのバイブレーションが、社食のあちこちで同時にブーブーと鳴り響く。

香織が慌てて自分のスマホの画面を開き、次の瞬間、目を見開いて硬直した。


「……美奈。これ、見て」


差し出された画面には、社内掲示板の緊急通知が映し出されていた。


『新規事業室長・二条麗奈氏に関する報告、および人事の通知について──坂井湊斗氏との婚約は、両者合意の上、解消されました』


「え……?」


頭の中が真っ白になる。婚約、解消……?


周囲の社員たちのヒソヒソ話が、一気にボリュームを上げていく。


「おい、坂井が社長令嬢に振られたってマジかよ」


「やっぱりワガママなお嬢様のおもちゃにされただけだったんじゃん?」


「社長の娘の権力を盾に婚約させておいて、飽きたらポイかよ。坂井がかわいそうすぎるだろ……」


飛び交うのは、麗奈さんを「悪者」にする身勝手なうわさ話ばかりだった。


海外MBA上がりの冷徹なお嬢様が、現場のヒーローを気まぐれに傷つけた──古い体質のこの会社にとって、それは格好の叩きネタだったのだ。


「ちょっと、美奈!?」


香織の制止する声を背中に聞きながら、私は立ち上がっていた。

気がつけば、社食を飛び出し、エレベーターへ駆け込んでいた。


何も知らないくせに、勝手なことを言うな。


彼女がどれだけ傷つき、どれだけ必死に自分の人生を勝ち取ろうとしていたか、私は知っている。

あの夜、一緒に冷凍たこ焼きを食べて笑った「友達」が、理不尽に悪者にされている現実が、どうしても許せなかった。



最上階の役員フロアに到着し、新規事業室のドアをノックもせずに押し開ける。


「麗奈さん!!」


部屋の中には、机の上を片付けている麗奈さんが一人で立っていた。


いつもの通り、完璧に整えられた縦巻きロール。隙のないスーツ。

だけど、私の姿を見た瞬間、その美しい瞳が微かに揺れた。


「……美奈さん。ノックくらいしてくださらないと、はしたないですわよ」


麗奈さんはいつものお嬢様口調で言ったけれど、その声はどこか寂しげに震えていた。


「どういうことですか、婚約解消って! 社内じゃみんな、麗奈さんが湊斗を振ったって、勝手なことばかり言ってます!」


「それでいいのですわ」


麗奈さんは、私に背を向けたまま、ぽつりと言った。


「私が悪者になれば、お父様もこれ以上、湊斗さんを『広告塔』として縛り付けることはできませんもの。……約束したでしょう? 私、お父様の言う通りにはならないって」


麗奈さんはゆっくりと振り返った。

その顔は、泣き出しそうなほど切ないのに、驚くほど気高く、りんとしていた。


「新ブランドのプレスリリースから、私と彼の結婚の文字を削らせましたわ。これからは純粋に、私の持ってきた企画の『実力』だけで勝負します。自分の人生のかじは、自分で握る。二条麗奈という一人の人間として、この会社で立ってみせますの」


「麗奈さん……」


「それにね、美奈さん」


麗奈さんは一歩、私に近づくと、クスッと悪戯いたずらっぽく笑ってみせた。


「私、やっぱり『自分のことが大好きな男のファーストチョイス』になりたいのですわ。あんな、デート中もずーーーっと他の女の仕事の心配ばかりしている不器用な殿方、こちらから願い下げですわよ」


その言葉に、胸がドクンと跳ねる。


「ごめんなさい」


「あなたが……あなたが謝ることじゃないわ」


「だから……私、婚約者を卒業して、あなたの『友達第一号』に専念することにいたしました。文句はありませんわね?」


彼女のあまりにも格好良すぎる決断に、私の目から、ボロリと涙があふれ落ちた。


恋敵だと思って嫉妬していたお姫様は、誰よりも強くて、誰よりも私に「前を向く勇気」をくれる、最高の女性だった。


「……あったり前じゃない。文句なんて、一言もあるわけないでしょ!」


私は涙を袖でぬぐい、麗奈さんに向かって最高の笑顔を返した。


社内は大騒ぎで、世間的には大スキャンダルかもしれない。

だけど、檻を壊して飛び出した麗奈さんの姿を見て、私の胸の奥のモヤモヤは、完全に晴れ渡っていた。


──さあ、残る問題は、あいつだ。


婚約解消の当事者であり、今、社内で最も複雑な立場に立たされているであろう男、坂井湊斗。


私は拳をぎゅっと握りしめ、次なる修羅場へと向かうべく、新規事業室を後にするのだった。


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