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同期卒業-同期、恋人になりました-  作者: あおきつばさ


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第10章:お前がいないと無理

第10章:お前がいないと無理


「──ったく、何が『大逆転の独身貴族』よ。返品されただけのくせに」


夜十時半。

商品企画部のフロアは、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。


私は誰もいない給湯室で、マグカップにインスタントのカフェオレを注ぎながら、小さく悪態をついた。


新ブランドのプレスリリースは昨日滞りなく終わった。

それはまるで麗奈さんの独り舞台のようだった。もちろん、そこには湊斗の姿は無かった。


婚約解消の発表から二日。社内のうわさのスピードは恐ろしい。


麗奈さんを悪者にする声がある一方で、営業部の一部では、早くも湊斗を「社長の呪縛から解き放たれた、フリーの優良物件」としてはやし立てる声が上がり始めていた。


当の本人は、そんな周囲の雑音をシャットアウトするように、朝から晩まで取りかれたように今週末の大型フードフェスティバルの準備に没頭している。


(あいつ、絶対無理してる)


そう思いながらフロアに戻ると、一番奥のデスクで、一つだけ明かりが灯っているのが見えた。


坂井湊斗だ。


いつもなら完璧に整えられている前髪はクシャクシャに乱れ、ネクタイは大きく緩められている。

PCの画面をにらみつけながら、カタカタと狂ったような速度でキーボードを叩いていた。


「……ちょっと、湊斗。さすがに働きすぎ。死ぬよ?」


私がデスクの脇に立ち、マグカップをコトッと置くと、湊斗はビクッと肩を揺らして顔を上げた。

その瞳には、隠しきれない疲労と、酷く充血した赤みが浮かんでいる。


「あ……美奈。なんだ、まだ残ってたのか」


「あんたの顔が土色だったから、気になって寄ってみたのよ。ほら、一回PC閉じなさい」


強引に画面をパタンと下げると、湊斗は一瞬抵抗しようとしたものの、すぐに諦めたように深いため息をついて背もたれに体を預けた。


「……怒涛の一週間だったわ」


湊斗は両手で顔を覆い、かすれた声でつぶやいた。


「社内じゃあ、可哀想だの、逆に出世コースから外れただの、勝手なことばかり言われてさ。……でも、本当は違うんだ。俺、心のどこかでホッとしてるんだよ」


「え……?」


湊斗はゆっくりと手を下ろし、天井の蛍光灯を見つめた。


「営業のエースだって、期待の星だって言われてさ。社長から声がかかった時、正直ビビった。でも、ここで断ったら俺のこれまでの努力も、これからのキャリアも全部終わるんじゃないかって思ったんだ。だから、周囲の期待とか、出世の圧力とかに、ただ流されてた。二条さんの気持ちも、自分の本当の気持ちも無視して、『正しい選択』をしなきゃって、ずっと張り詰めてたんだよね」


初めて聞く、湊斗の本当の弱音だった。


いつも自信満々で、みんなのヒーローで、何でもスマートにこなす坂井湊斗。

そんな彼が、夜の暗いオフィスで、まるで迷子の子どものように肩を落としている。


「……バカね、あんたは」


私は湊斗のデスクの端に腰掛け、あきれたように、でもできる限り優しい声で言った。


「そんなに器用じゃないくせに、全部一人で背負い込もうとするからそうなるのよ。あんたが営業のエースなのは、社長の娘の婚約者だからじゃないでしょ。泥水すすりながら、一件一件必死に数字取ってきたからじゃない。私たちが何年一緒に仕事してきたと思ってるの? あんたがどんだけ落ちぶれても、私が仕事の組み方なんて一から叩き直してあげるから安心しなさいよ」


「美奈……」


湊斗が私の顔を見上げる。


その瞬間、私のスマートフォンがポケットの中で震えた。


画面には、昨日新たに登録したばかりの、マッチングアプリの通知が光っている。


──『新しいメッセージが届きました』。


それを目ざとく見つけた湊斗の目が、一瞬で鋭く見開かれた。


「……それ、何?」


(マズいもの見られた……でも隠しても仕方ないか……)


「え? あー、これ? マッチングアプリ。香織たちに、勧められてさ……真面目に婚活始めようと思って」


平静を保って何気なく答えた、つもり。


その時だった。


ガタタッ、と激しい音がして、湊斗が勢いよく立ち上がった。

驚く私よりも先に、湊斗の大きな手が私の手首をがっしりとつかんでいた。


「な、何よ、急に……っ」


「……嫌だ」


「は?」


「行くなよ、別の男のところなんて。マッチングアプリなんて今すぐ消せ」


湊斗の顔が、見たこともないほど必死にゆがんでいた。

手首を掴む手に、じわりと強い力がこもる。


「二条さんとの婚約が消えた時さ、俺、本当にホッとしたんだ。でも、その直後に、お前が別の男とデートしてるって聞いて、頭がおかしくなりそうだった。……気づいたんだよ。俺の隣に、お前がいない世界なんて、絶対に無理だって」


湊斗の息が、すぐ近くで荒く刻まれる。


「お前を『家族』だなんて言って、一番近くの特等席に甘えて、お前を失うかもしれない可能性からずっと目を背けてた。俺が本当に失いたくないのは、出世コースでも、社長の信頼でもない。美奈、お前なんだよ」


暗いオフィスの中、湊斗の真っ直ぐな、そして激しい視線が私を射抜く。


あんなに求めていたはずの言葉。

あんなに欲しかった、あいつの必死な顔。


あまりの急展開に、私の頭は処理を拒否して、ただただ心臓が爆発しそうなほどの音を立てていた。


「わ、分かった……また明日ね……明日本番なんだから早く帰りなさいよ」


「美奈、待って……」


「待たない!」


私は湊斗の手を振りほどくと、湊斗の顔を一度も見れずに、振り返りもせず、足早にその場を離れた。


(顔が、頭が、オーバーヒートしている。)


明日、どんな顔して会えばいいんだろう……

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