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同期卒業-同期、恋人になりました-  作者: あおきつばさ


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第4章:近すぎて見えなかった

第4章:近すぎて見えなかった


「──ですから、この試作サンプルの果汁比率だと、営業側としては『健康志向』の棚に並べるには訴求が弱いと言わざるを得ないんだよね。二条さんのブランディング案にある『都会の洗練』に寄せるなら、いっそパッケージのトーンを……」


プロジェクト始動から二週間。


第四会議室の大型モニターの前で、湊斗がホワイトボードにマーカーを走らせながら熱弁を振るっている。


机の上には、秋の新作飲料の試作缶が何本も転がり、ブレインストーミングの付箋が壁一面に貼られていた。


「うーん……でも湊斗、それだとコストが跳ね上がるよ」


私は資料から目を離さずに、すかさず口を挟んだ。


「パッケージの紙質まで二条さんの指定通りにして、さらに果汁比率を上げたら、想定売価を二十円は上げなきゃいけなくなる。うちのメインターゲットである二十代の働く女性が、コンビニで毎朝買うには高すぎる。……でしょ?」


「あー、やっぱりそこ突っ込まれるか」


湊斗はマーカーを指先でくるりと回し、困ったように頭を掻いた。


「じゃあさ、ベースの果汁は据え置きで、香料のブレンドで『果実感』を出すのは? こないだ美奈が他社のリサーチで買ってきた、あの海外ブランドの手法」


「あ、あれね。あれは抽出法に特許があるから丸パクリは無理だけど……研究所の島田さんに相談して、ペクチンの配合を変えてもらえば、口当たりでリッチ感は出せるかも」


「それだ! よし、島田さんへの頭下げは俺が営業のツラして行くわ。美奈は配合修正の書類作っといて」


「了解。十五分で上げる」


「サンキュ、頼んだ」


湊斗が私に向かって、いつものようにニカッと白い歯を見せて親指を立てる。

私もまた、淀みなくキーボードを叩き始めた。


──視線だけで、相手が次に何を求めているかが分かる。


言葉を尽くさずとも、どのラインが妥協点で、どこが譲れないこだわりなのかが、手に取るように理解できる。


新人時代から七年間、同じ修羅場を何度も潜り抜けてきた私と湊斗の間には、誰も入れない、完成された「システム」のような空気が出来上がっていた。


カツン、と小さく、乾いた音が響いた。


私と湊斗は、ハッとして同時に正面を見た。


長机の向こう側。

美しく整えられた縦ロールを少し揺らし、二条麗奈さんが、手の中の高級万年筆をトントンとノートに打ち付けていた。


「……二条さん? どうかしましたか?」


私が恐る恐る尋ねると、麗奈さんは一瞬、ハッとしたように万年筆を止めた。


その端正な顔立ちに、先ほどまでの完璧なビジネスパーソンの仮面はない。


どこか遠くを見るような、そして胸を締め付けられるほどに「切ない視線」で、私たち二人を見つめていた。


「……いいえ。素晴らしい連携ですのね、お二人とも」


麗奈さんは微かに微笑もうとしたが、その口元はどこか寂しげに歪んでいた。


「私が向こうでMBAを学び、必死に知識を詰め込んでいる間に……お二人はこの会社で、そうやって言葉に頼らない、確固たる『時間』を積み重ねてこられた。それが少し、羨ましくなってしまいましたの」


「二条さん、それは……」


湊斗が言葉を返そうとしたが、麗奈さんは遮るように、すっと視線を落とした。


机の上に置かれた、湊斗のスマートフォン。

そのロック画面には、湊斗と私を含めた同期数人の笑顔がはじける二年前の同期会での写真が映し出されている。


麗奈さんはその画面を、まるで「自分の居場所がそこにはない」ことを確認するかのような、哀しい目で見つめていた。


「湊斗さんは、私とディナーを食べている時も、とても紳士的で完璧な婚約者ですわ。だけど……」


麗奈さんは顔を上げ、今度は私をじっと見つめた。

その大きな瞳が、わずかに潤んでいるように見えた。


「私といる時の湊斗さんは、いつだって『二条麗奈の婚約者』として、一分の隙もないスーツを着込んでいるような気がするのです。浅田さんの前で見せるような、ネクタイを緩めて、子供のように楽しそうに笑う湊斗さんを……私は、まだ一度も見たことがありませんのよ」


「え……」


私の心臓が、冷や水を浴びせられたように冷たく脈打つ。


湊斗を見る。

湊斗は、麗奈さんの言葉に完全に硬直していた。


図星を突かれたのか、あるいはそんな自覚すら本当になかったのか、彼の端正な顔が驚きで強張っている。


「失礼。少し、空気に当てられてしまいましたわ。作業を進めましょう」


麗奈さんはいつもの凜とした声を作り直すと、ノートを開いた。


完璧な社長令嬢、完璧なアドバイザー。

だけど、その背中は、会議室の白い蛍光灯の下で、気の毒になるほどぽつんと孤立して見えた。


近すぎるからこそ、私と湊斗には見えなかった。


私たちの「当たり前」の距離感が、彼女をどれほど傷つけ、疎外していたか。


外側から見れば、私と湊斗こそが、誰も入れないほど強固に「付き合っている」ように見えていたのだ。


そして、婚約者という一番近い席に座っているはずの麗奈さんが、誰よりも遠い場所から私たちを見つめていたということに。


地獄のプロジェクトは、私一人の失恋の苦しみだけではなく、三人の歪な距離感を浮き彫りにしながら、本格的に動き出そうとしていた。

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