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同期卒業-同期、恋人になりました-  作者: あおきつばさ


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第23章:昇進のお祝い

第23章:昇進のお祝い


「――坂井、浅田! リーダーへの昇進、本当におめでとう!」


週明けの月曜日。社内掲示板に正式な人事令が出た。

前回のタイアッププロジェクトの大成功、そして売上のV字回復の圧倒的実績を前に、古い上層部も完全に沈黙せざるを得なかったのだ。湊斗は営業部の「新リーダー(チーフ職になったばっかりだったが異例のステップアップ)」へ、そして私も商品企画部の「新リーダー」へと、同期最速での同時昇進が言い渡された。


営業部のフロア裏、自動販売機の前で、同期の香織が私たちの肩をバシバシと叩きながら満面の笑みを浮かべていた。


「同期のエース二人が同時にリーダー昇進なんて、最高じゃない! これはもう、今週の金曜日に同期全員集めて盛大にお祝いしなきゃね!」

「あ、いや、香織、ちょっと待ってくれよ」

湊斗が慌てて香織を宥めるように手を振った。


「お祝いしてくれるのはめちゃくちゃ嬉しいんだけどさ。……今回の昇進、同期会では俺と美奈がリーダーになったことは、あまり大騒ぎしない方向でいきたいんだよね」


「は? なんでよ。めでたいじゃん」

香織が不思議そうに眉をひそめる。私は周囲に人がいないか首がちぎれるほどの速度で左右を確認してから、声を潜めて香織に言った。


「いい、香織。同期会には、他部署でまだ昇進の芽が出てなくてくすぶってるメンバーも来るでしょ? それに、私たちは今回、麗奈さんの新規事業室と組んで上層部を大逆転するような、かなり特殊な立ち回りをしたじゃない。あんまり『私たちが大金星を上げました!』って大騒ぎすると、周囲に余計な嫉妬や角が立つと思うのよ」


「……なるほどね。二人の仕事上の配慮ってわけね」

香織は納得したように頷いた。真央と香織の二人には、私たちが付き合っていることも含めて既にバレているが、他の同期たちには【完全秘密厳守】だ。


「分かったわ。じゃあ、香織と真央以外には、今回の件は黙っておく。ただの『いつもの定期同期会』って名目で招集をかけるから。でも、あんたたち二人、主役なんだからちゃんと来なさいよ?」


「おう、もちろん行くよ。ありがとな、香織」

湊斗が爽やかに笑う。


こうして、私たちは「いつも通りの同期」として振る舞うことを固く決意し、金曜日の夜を迎えた。



金曜日の夜七時半。

場所は新橋や銀座のお洒落な店ではなく、少し落ち着いた雰囲気の茅場町にある、年季の入った個室居酒屋だった。

集まったのは、営業部、開発部、総務部などから総勢八人の同期メンバー。


「かんぱーい! 今週もお疲れ!」

プラスチックのジョッキがぶつかり合い、宴会が始まった。

最初のうちは、他部署の愚痴や、最近のマッチングアプリ事情など、いつもの他愛のない会話で盛り上がっていた。


しかし。

開始から三十分が経過した頃、私は猛烈な違和感、いや、危機感に襲われていた。


(……ちょっと待って。私と湊斗、不自然すぎない!?)


いつもなら、私と湊斗は隣同士、あるいは対面に座り、

『おい湊斗、唐揚げのレモン、勝手に絞るなよ!』

『いいじゃん、美奈の分の唐揚げ、俺が一個もらうから帳消しな』

といった、実家の幼馴染レベルの遠慮のない小競り合いを繰り広げているはずだった。


だが、今日の私たちは「絶対に付き合っていることを悟られてはいけない」という過剰な意識のせいで、物理的にも精神的にも距離を取りすぎていた。

席は部屋の端と端。

目が合いそうになると、お互いにプロペラのような速度で首を逸らす。

湊斗が「浅田さん、そっちのサラダ取ってもらえる?」と、聞いたこともないような他人のフリをした硬い声で敬語を使い、私も「ええ、どうぞ、坂井さん」と、お見合いの席のようなお上品な手つきで取り分ける。


完全に、逆にバレバレである。


対面に座る香織と真央が、おしぼりで口元を隠しながら、プルプルと肩を震わせて必死に爆笑を堪えているのが見えた。スマホに香織からLINEが入る。


【香織】

『あんたたち、余所余所しすぎて逆に「昨日大喧嘩した元熟年夫婦」みたいになってるわよ。不自然の極み。周囲がザワつき始めてるわよ』


見ると、隣に座る総務部の加藤が、怪訝そうな顔で私と湊斗を見比べていた。

「なぁ、浅田、坂井。お前ら、なんか最近ギクシャクしてないか? もしかして、新ブランドの件でマジで決裂した?」


「えっ!? い、いや、そんなことないわよ! 坂井くんとは、常にプロフェッショナルなビジネスパートナーとして……ねぇ?」


「お、おう! 浅田さんの言う通り、俺たちの連携は常に論理的で、一分の隙もないというか……」


(ダメだ、こいつら会話のIQが3くらいに低下してる!)

私は焦燥感のあまり、ウーロン茶をぐっと飲み干した。緊張でお腹が痛くなりそうだ。


しばらくして、湊斗が「ちょっとトイレ」と席を立った。

その直後、私も「あ、私もお手洗いに……」と、不自然なタイミングで席を立ってしまった。個室のドアを閉めた瞬間、香織の『おいおい、追っかけてったぞ』という無言の視線が背中に刺さったが、もうどうにでもなれだ。とにかく作戦会議をしなくては。


木製の廊下を進み、トイレの前の少し薄暗い共有スペース。

手洗いの鏡の前で髪を直していると、男子トイレから出てきた湊斗と鉢合わせした。


「美奈!」

湊斗は周囲に誰もいないのを確認すると、一瞬で「他人行儀な坂井さん」から「距離感バグの大型犬な湊斗」へと戻った。


「あー、もう無理! 会社でのフリはできても、同期の前で美奈を名字で呼ぶの、精神的ストレスがヤバすぎる! 今すぐ美奈成分を補給しないと、俺、次のラリーで死ぬわ!」


そう言うと、湊斗は私の制止を聞く間もなく、長い腕で私の身体をがっしりと抱きすくめてきた。


「ちょっと、バカ、湊斗! ここは居酒屋の廊下よ……!」

「いいじゃん、誰もいないって。一分だけ、このままでいさせて」


薄暗い廊下の隅で、熱い抱擁。

ワイシャツ越しに伝わる湊斗の体温と、心地よい柔軟剤の香り。付き合いたての甘酸っぱい空気が、狭い空間に満ちていく。


私も、彼に抱きしめられている安心感に負けて、そっと彼の背中に手を回してしまった。

(まあ、誰もいないなら、数秒くらいなら……)


その時だった。


「――あー。……お熱いところ、大変恐縮なんですが」


背後から、低く、そして完全に乾ききった、聞き覚えのある声が響いた。

ヒッ、と息を呑んで、私と湊斗はタンゴのヘッドフリックのように同時に首を回した。


そこには、個室の扉を開け放ち、廊下にズラリと一列に並んで、死んだ魚のような目でこちらを目視している同期全員(香織と真央含む)の姿があった。


総務部の佐藤が、手にしたウーロンハイのグラスをトントンと叩きながら言った。


「坂井、浅田。お前らが余所余所しすぎて不気味だからさ、加藤が『偵察に行ってこい』って言われてドア開けたらさ……。……何これ、都市伝説の回収現場?」


「「……………………あ」」


私と湊斗は、完全に硬直した。

思考が停止し、頭の中の原価計算のデータが全て消去された。


「え、えええええええええ!?!? お前ら、やっぱりデキてたんじゃん!!」


「ちょっと待って、いつから!? どのタイミングからよ!?」


廊下に同期たちの叫び声が響き渡る。


私は顔から火が出るどころか、居酒屋の天井を突き破って大気圏まで爆発しそうだった。

慌てて湊斗の身体を突き放し、般若のような形相で同期全員に向かって両手を合わせた。


「違うの! 違わないけど、違うの! お願いだから、これ、会社には絶対に黙っておいて! 特に上層部とか他部署には絶対に秘密なの! 箝口令! 完全なる箝口令だからね!!」

「おいおい、新リーダー二人の『最初の業務命令』が社内恋愛の揉み消しかよ」


佐藤が呆れたように笑う。

香織と真央は、廊下の壁に手をついて「お腹痛い、最高すぎる」と大爆笑していた。

秘密にするはずの同期会は、一瞬にして私たちの「熱愛発覚・糾問大会」へと変貌し、茅場町の夜は、私たちの羞恥心の悲鳴とともに、賑やかに更けていくのだった。



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