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同期卒業-同期、恋人になりました-  作者: あおきつばさ


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第22章:姫のお悩み

第22章:姫のお悩み


東京ビッグサイトでのフードフェスティバル大成功、そして湊斗の営業部チーフへの昇進が内定してから数週間。新ブランドの地方タイアッププロジェクトも軌道に乗り、社内での隠密インフェルノ(社内恋愛秘密厳守ミッション)も、ショートカットになった二条麗奈という最強の共犯者を得て、どうにかこうにか平穏を保っていた。


そんなある土曜日の午後。私は銀座の裏路地にある、隠れ家風のティーサロンにいた。

アンティークの調度品に囲まれた静かな個室の対面に座っているのは、もちろん麗奈だ。相変わらず一般市民を平伏させるような圧倒的オーラを放っているが、その髪型は潔く切り揃えられたスタイリッシュなショートカット。彼女は目の前に並んだアフタヌーンティーの三段トレイを前に、ふう、と小さくため息をついた。


「――美奈さん。本日は、私の個人的な『お悩み』を聞いていただきたくて、こうして緊急招集いたしましたの」


麗奈は高級な磁器のカップをそっと置き、真剣な眼差しで私を見つめてきた。その大きな瞳には、いつになく迷いと、ほんの少しの羞恥の色が滲んでいる。


「麗奈さんのお悩み? 開発中の新作飲料の件ですか? それとも、社長との確執の件……?」

私が身構えると、麗奈は慌てて両手を振った。


「いいえ、お仕事の件ではありませんわ。……その、もっとプライベートな、女性としての……『男女の付き合い』についてですの」


「えっ、男女の付き合い?」

予想外のワードに、私はスコーンを口に運ぶ手を止めた。


「ええ。恥を忍んで申し上げますけれど、私、これまで『お家のため』の教育ばかり受けてまいりましたでしょう? 大学時代もアメリカの大学院でも、周囲にいたのはビジネスのサクセスしか頭にない殿方か、我が家の資産に群がる有象無象ばかり。まともな『恋愛』というものを経験したことがありませんの」


麗奈はショートカットの毛先を指先でいじりながら、頬を薔薇色に染めた。


「湊斗さんとの婚約もビジネスの延長線でしたし、デートの時も、彼は完璧なスーツを着込んだ紳士でしたわ。だから……男性と付き合うということが、具体的にどういう情緒の交歓を意味するのか、私、知識としての『実務経験』が皆無なのです」


「美奈さん、あなたは湊斗さんを完全に『躾けて』いらっしゃるのでしょう? ぜひ、その高見からの教えを乞いたいのですわ!」


「し、躾けてるだなんて滅相もない!」

私は慌ててウーロン茶(銀座価格一杯千五百円)を飲み下した。高見も何も、こっちは二ヶ月前に東陽町の汚部屋で徹夜の大掃除をさせられたばかりの泥臭いオカン系ヒロインである。


しかし、『男女の付き合いの知識』と言われた瞬間、私の脳裏に強烈なフラッシュバックが巻き起こった。


そこから先は……その、戦友時代には想像もつかなかったような、熱くて甘くて、理性が消し飛ぶような大人の時間で……。


(昨日の晩から……今日のお昼にかけての、あのバカとのやり取り……!)


金曜日の夜、残業終わりに湊斗の部屋に泊まった時のことだ。


ちょっとオフィスで火が付いてしまった後、彼の東陽町のワンルームに到着してすぐ、玄関に入った後にそのまま盛り上がってしまってスーツのまま……。第一回戦……。


色々と汚れてしまったスーツを脱いで二人でシャワーを浴びていたら、そのまま、第二回戦……。


『もう疲れたから』とタオルで身体を拭いたそのまま、ベットで横になったら湊斗は秒で寝てしまった。私は延長戦を望んでいたのだけど……そのまま気を失ってしまった。


朝、起きたらもう八時過ぎ。湊斗はスヤスヤ寝てたけど、彼のはもうオハヨーしてたから……そのままイタダキマスして……第三回戦……。


そんなこと、このお姫様に言えない……


次に目を覚ましたら、もうお昼過ぎだった。結局昨晩も今朝も何も食べてなかったから、可愛くジェラピケのルームウェアを着てエプロンして、ガッツリ系のスタミナ昼ご飯(ブランチ?)を作り始めた。


でも、鍋を使い始めたところで後ろから湊斗にハグされた。

そんなイチャイチャ時間が心地よかったのだけど、耳たぶを甘噛みされたところまでは記憶がある……気がついたらエプロンしか身につけて無くて、そのままキッチンで第四回戦……。


(……これお姫様に言ったら多分実演するまで帰してくれないよね……)


さらに2時間前、ここに来る前の玄関先。

『行ってきますのチューじゃ足りない』とか何とか言って、壁際に押し付けられて何度も深く唇を重ねられ、そのまま第五回戦……危うく電車の時間を逃しそうになった。今思い出しても、顔から火が出るどころかダイナマイトが爆発しそうなほど恥ずかしい。


(絶対……バカップル認定されるから、絶対に言えないわ……)


「あ、う……あ、あはは……」

思い出が鮮明すぎて、私の顔は一瞬で茹でダコのように真っ赤に染まった。両手で頬を押さえるが、耳の付け根まで熱いのが自分でもよく分かる。


そんな私の様子を、麗奈はジト目で見つめていた。鋭い海外MBA仕込みの観察眼が、私の動揺を逃すはずがなかった。


「……あら? 美奈さん。あなた、今、ものすごく破廉恥なことを思い出していらっしゃいませんこと?」


「なっ、何言ってるんですか麗奈さん! 破廉恥なんてそんな、私のアタマの中は二条ゼネラルフーズの原価計算でいっぱいです!」


「嘘をおっしゃい。顔が完熟トマトのようになっておりますわよ。……それから、そちらのブラウスの襟元」


麗奈がすっと細い指先で、私の右側の鎖骨あたりを指差した。


「昨晩から今朝にかけて、ずいぶんと激しい『実務交渉』があったようですわね。……きすまーく、ついてるわよ?」


「ひゃうっ!?」

私は飛び上がり、反射的にブラウスの襟をギュッと掴んで隠した。

(嘘っ!? 鏡でチェックしたはずなのに! あのバカ、どこに痕残してんのよ!?)


パニックになる私を見て、麗奈は「ふふっ」と勝利の笑みを浮かべた。カマをかけられたのだと気づいた時には、もう手遅れだった。


「やはり。湊斗さん、普段はあんなに爽やかな営業エースの顔をしておきながら、夜はそんなに猛々しい野獣になられるのですのね。美奈さん、もう諦めて赤裸々に話し始めなさい。私の今後のキャリア(?)のための参考データとして、全てをスクリーニングさせていただきますわ!」


麗奈の好奇心に満ちた真っ直ぐな瞳。

私は天を仰ぎ、深くため息をついた。こうなったら、私のファーストチーフとしてのプライド(何の?)にかけて、この純真無垢なお姫様に、現実の『男女の付き合い』という泥臭くも甘い世界を叩き込んでやるしかない。


「……分かりましたよ、麗奈さん。もう、どうにでもなれです!」

私は身を乗り出し、声を潜めて話し始めた。


(話の内容は……中学生向けぐらいの八割引マイルドバージョンでね)


「いいですか、男なんてね、付き合い始めた途端に距離感のバグが時速二百キロで暴走し始める生き物なんです! 会社では『浅田チーフ』なんて澄ました顔してるくせに、二人きりになった瞬間に抱き枕みたいにしがみついてきて、甘えた声を出すんですよ!」


「 こっちがオカンモードで『早くお風呂入りなさい!』って怒っても、『美奈が一緒に入ってくれないとヤダ』とか、ハッピーセットみたいな脳みそになるんです!」


「まあ……! あの完璧な紳士だった坂井さんが、一緒にお風呂……!?」

麗奈はショックと興奮のあまり、ハンカチを口元に当てて目を丸くしている。


「それだけじゃないわよ! キスだって、戦友時代の軽いノリじゃなくて、まるでこっちを全部飲み込もうとするみたいに強引で、骨がきしむほど強く抱きしめられて、翌朝全身が筋肉痛になるんですからね!」


「ロマンチックなフレンチの夜より、汚部屋でコーラ飲みながらベタベタしてる時の方が、男の本性が丸出しになるんです!」


美奈のノンストップな赤裸々トーク(愚痴という名のノロケ)に、麗奈はノートを取り出しそうな勢いで聞き入っていた。お姫様の純白の脳内に、大人の恋愛の実務データがダイレクトに上書きされていく。


(まあ、それ以上のことは煽てられても言わないけど……)


「素晴らしいわ……! 素晴らしい実例ですわ、美奈さん! あなたはやはり、ビジネスだけでなくプライベートでも私の『師匠』ですわね!」


麗奈は潤んだ瞳で私を仰ぎ見た。師匠と崇められてしまった。


「師匠とお呼びさせてください。……そんな実務経験豊富(?)な美奈さんに、私から日頃の感謝を込めて、海外の最先端……ではなく、私が独自にリサーチして厳選した『読むべきイケナイ小説や漫画のブックマークリスト』を共有させていただきますわ」


「はえ? ブックマークリスト?」

麗奈がスマートフォンの画面を操作し、私のLINEに一本のリンクを送ってきた。

開いてみると、そこには大手電子書籍サイトの、特定のジャンルの棚がズラリと並んでいた。タイトルを見るだけで、私の目が血走る。


『独占欲MAXな同期チーフに朝まで溺愛されて!?』

『冷徹エースの甘いおねだり・私の理性が崩壊寸前』

『溺愛オフィス・戦友だった彼が夜は獣に変わる時』


「ちょっと麗奈さん!? これ、全部めちゃくちゃTLティーンズラブとかレディースコミックの激しいヤツじゃないですか! どこでお姫様がこんな知識仕入れてんのよ!?」

「アメリカの大学院で、日本のポップカルチャーを研究している友人から教わりましたの。実務のシミュレーションとしては非常に論理的かつ情熱的なテキストですわ。……美奈さんも、今夜の湊斗さんとの実務の前に、ぜひ予習としてお読みになって?」


麗奈はオホホホと上品に笑いながら、カシスソーダを優雅に口に含んだ。

恋敵のはずだった社長令嬢と、まさかのイケナイ本棚のブックマーク交換。私たちの歪な「女の友情」は、お台場の夜景を背景に、ますますカオスな方向へとアップデートされていくのだった。


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