第21章:二条ゼネラルフーズの逆襲
第21章:二条ゼネラルフーズの逆襲
「──坂井くん、仙台のチェーンから正式に発注書が届いたわ! これで目標数値、完全クリアよ!」
「よっしゃあ! 美奈……じゃなくて浅田チーフ、ありがとうございます! すぐに契約書回します!」
交際開始から二ヶ月。
二条ゼネラルフーズ商品企画部のオフィスに、割れんばかりの歓声が響き渡った。
二条社長をはじめとする古い体質の上層部から、「社長令嬢との婚約を解消した男」として理不尽な冷遇を受けていた湊斗。
しかし、私たちはただ指をくわえて耐えるようなタマではなかった。
外圧をはねのけるため、私が企画部チーフとして立案したのは、地方の地場スーパーや自治体を巻き込んだ『全国休眠顧客開拓タイアッププロジェクト』。
二条ゼネラルフーズがこれまでアプローチしきれていなかった地方の潜在層へ、一気に新作オーガニック飲料を浸透させる起死回生の一手だ。
この企画を、ショートカットになって覚悟を決めた麗奈さんの新規事業室が全面バックアップ。
そして、担当を奪われ崖っぷちだったはずの湊斗が、営業のエースとしてのプライドを賭け、全国の拠点を飛び回った。
企画、営業、新規事業室。
二ヶ月間、社内隠密インフェルノを戦い抜きながら、私たちは三位一体となって死に物狂いで走り続けた。
結果は、完全なる『逆襲』だった。
地方タイアップは大ヒットを記録。
新ブランドの売上データは、理不尽に湊斗を干そうとしていた上層部の予想数値を遥かに超越した。
圧倒的な実績を前に、古い役員たちも沈滅せざるを得なくなり、ついに本日、湊斗の『営業部チーフへの昇進』が確実なものとして内定したのだ。
◇
午後六時半。
プロジェクトの無事な終了と数字の確定を終え、大半の社員が帰路についたオフィス。
私は片付けを終え、デスクで深く息を吐き出した。
二ヶ月間の過酷で、だけど最高に充実していた日々の実感が、じんわりと身体に染み渡っていく。
「浅田チーフ。お疲れ様でしたわ」
不意に声をかけられ振り返ると、そこには書類を抱えた麗奈さんが立っていた。
肩の上できれいに揺れるショートカット。
その表情は、二ヶ月前とは見違えるほど晴れやかで、自立した大人の魅力に満ちていた。
「麗奈さん! 本当に、ありがとうございました。麗奈さんのバックアップがなければ、この数字は絶対に無理でした」
「いいえ、私は私のブランドを守りたかっただけですもの。それに……」
麗奈さんはクスッと悪戯っぽく微笑むと、離れたところに立っていた湊斗へと視線を向けた。
「坂井さん。今回の営業力、お見事でしたわ。これでもう、あなたを不当に貶める古い声は社内にはありません。……ただ、これだけは言っておきますわね」
麗奈さんはツカツカと湊斗に近づくと、いつもの気品あふれる仕草で、けれどどこか楽しげにウインクをしてみせた。
「明日の夜は、美奈さんと私の『女子会』の約束がありますの。ですから、今夜だけはあなたに譲ってあげますわ。感謝なさい」
「……っ、あざっす! 麗奈さん、マジで感謝します!」
湊斗は大型犬のように嬉しそうに頭を下げた。
麗奈さんはそんな私たちを見て、
「ふふ、ブッコロされないように気をつけることですわね」
と、コロコロと上品に笑いながら、軽やかな足取りでオフィスを去っていった。
◇
「……行ったな。なんか物騒なこと言ってなかった?」
湊斗がネクタイを少し緩め、私の顔を覗き込んでくる。
その瞳には、二ヶ月間の試練を共に乗り越えた、最高に愛おしい戦友であり恋人としての熱が灯っていた。
「美奈。二ヶ月間、本当にありがとう。お前が俺の『一番最初の選択肢』でいてくれたから、俺、どこまでも走れたわ」
「何言ってるのよ。あんたの実力でしょ、坂井くん」
私が呆れたように笑うと、湊斗は誰の目もないことを見計らって、私の手をごく自然に、ぎゅっと握りしめた。
「よし、今夜は祝杯だ! 二ヶ月間のコソコソ生活、お互いによく頑張りましたってことで、神田の鮨屋にでも行くぞ!」
「お祝いでしょ? 回るとこは嫌だよ。でもこの前銀座で大きな出費したとこだしなぁ」
「いや、回らないとこでリーズナブルなところがあるんだよ! 任せろ!」
(あれ? なんか手に力が入ってる)
「その前に、今ご褒美が欲しい」
そう言って、湊斗は顔を近づけてきた。
「ご褒美って?」
そう言いながら、私は自然に目を閉じていた。
(来て……濃厚なご褒美……あげるから……)
「んっ! んぅん!」
誰かの咳払いに、二人共後ろにジャンプした。
咳払いのした方向を見ると、双眼鏡を覗くかのようなジェスチャーをした麗奈さんがそこにいた。
(!!!なんで! さっき帰ったじゃん! くノ一なの?忍者の家系なの?)
「邪魔者は消えますわ。美奈さん! 明日の女子会楽しみにしてるわよ。オホホホホホホ」
(サスペンスドラマ以外でオホホホって笑い方する人、初めて見た……)
「あ……マズいとこ見られちゃった」
力なくそんなことを呟く湊斗の肩を引き寄せ、私は思いっきり唇で彼の唇を塞いだ。
古い檻をぶち破り、公私ともに最高のパートナーとなった私たち。
繋いだ手の温もりを感じながら、私たちはいつもの、愛おしい日常へと向かって歩き出す。




