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同期卒業-同期、恋人になりました-  作者: あおきつばさ


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第2章:負け犬ヒロイン励ます(諮問)会

第2章:負け犬ヒロイン励ます(諮問)会


土曜日の午後一時。


新宿の片隅にあるお洒落なイタリアンバルの一角は、昼間からボトルワインをぶち開けたアラサー女子三人による、阿鼻叫喚の修羅場と化していた。


「──いや、遅い!!! 気づくのが遅すぎる!!!」


大学時代からの親友で、湊斗と同じ営業の香織が、オリーブオイルの小瓶をマイク代わりに私に突きつける。


もう一人の親友で、人事で働きながらすでに結婚して一児の母である真央も、バゲットにレバーペーストを塗りたくりながら、呆れ果てた顔で深く頷いた。


「七年気づかないのはもはや才能よ、美奈。灯台下暗しってレベルじゃない。灯台の真下にブラックホールでも飼ってたの?」


「だって……! だってしょうがないじゃん! 入社してからずっと、あいつとは文字通り馬車馬のように朝から晩までフル回転で仕事してきたんだよ!? ときめく暇なんて一秒もなかったの!」


私は昼下がりのテラス席だというのに、やけくそで白ワインを煽った。


冷たいアルコールが、昨夜モンブランを四個ドカ食いした胃袋に容赦なく染み渡る。


「いい、美奈。二十代の七年ってどれだけ貴重か分かってる?」


香織がグラスをテーブルに叩きつけ、説教モードに入る。


「世の中の婚活女子が、何万、何十万と課金して、スペックと顔の妥協点を探して血眼になってるっていうのに。あんたは『顔良し・性格良し・仕事できる・自分との相性抜群』っていう天然記念物級の優良物件を、七年間も『ただの同期』って放置してたわけ。これ、全婚活女子を敵に回すギルティだからね?」


「ギルティって言われても……。じゃあ香織は、毎日化粧ハゲハゲのテッカテカで残業している女に対して深夜二時に『お前、鼻毛出てるぞ』って指摘してくるような男を、ある日突然『王子様♥』って思える!?」


「それは……ちょっとキツいかも」


「でしょ!? 距離感が近すぎて、恋愛の回路が完全にショートしてたんだよ!」


「誰が見ても、あんたらお似合いだったんだけどねぇ……」


「でもさ」


と、それまで静かにパスタを巻いていた真央が、現実的なトーンで割り込んできた。


「相手が二条麗奈さんってのが、また絶望的よね。社長令嬢で海外MBAでしょ? スペック差がありすぎて、殴り込みに行く気にすらなれないじゃん」


その言葉に、私の胸がキュッと萎む。


そうなのだ。

もし相手が、ちょっと可愛いだけの生意気な後輩とかなら、「私のほうが七年間の絆があるし!」と、見苦しくあがくこともできたかもしれない。


だが、相手は二条麗奈。

我が社の最高権力者の娘にして、非の打ち所がないパーフェクト・クイーン。近くで見たことはまだ無いけど、噂で聞く限りでは相当な美人らしい。


「私なんてさ……」


私はワインのグラスを見つめながら、ポツリと本音をこぼした。


「毎日『お疲れ様でーす』って言いながら、おじさん上司の加齢臭が染み付いた会議室で、一円単位の原価計算してるだけの女だよ。向こうはプライベートジェットで移動してそうな世界の人じゃん。湊斗が出世コース爆進したいなら、そりゃあっちを選ぶよね……」


「あー、ストップストップ!」


香織が私の言葉を遮り、両手で大きなバツ印を作った。


「出た、アラサー特有の『自己評価急降下モード』。仕事頑張ってる美奈が、なんでそんな惨めな気持ちにならなきゃいけないのよ。恋に負けたからって、あんたの人生まで負けたわけじゃないんだからね!」


「そうだよ」


真央も優しい目で私を見る。


「美奈は便利な良い人ポジションに落ち着いちゃってるけど、社内の信頼は一番厚いんだから。恋愛なんて、ただのタイミングと運。ほら、もうその男のことは綺麗さっぱり忘れて、次行こ、次!」


「……うん。そうだよね」


二人の温かい言葉に、じんわりと目頭が熱くなる。


昨夜は絶望のどん底にいたけれど、持つべきものは持つべき友だ。

二十八歳、まだまだ人生はこれから。一人の男に執着して、ウジウジしている時間なんてない。


「よし、決めた! 私、湊斗のこともう忘れる!」


私は勢いよく立ち上がり、空のグラスを掲げた。


「月曜日からは、ただの優秀なビジネスパートナーに戻る! プライベートではマッチングアプリでも何でも登録して、湊斗より一万倍イケメンで、年収が一億くらいある男を捕まえてやるんだから!!」


「おう、その意気だ!」


「一億はさすがに目が血走ってるけど、応援する!」


「あ、ありがとう……早速……」


そう言うと、私は後ろに置いたバッグから携帯を取ろうと手を伸ばした。


「長年、恋をサボってたんだから行動は早くしないとね!」


「って、もうアプリ入れようとしてるし!?」


「でも今日は止めとけ! 取りあえず頭冷やしてからじゃないと、絶対マッチングでおかしなことになるから」


「お、おう……」


昼下がりのバルに、私たちの乾杯の音が小気味よく響いた。


失恋の痛みはまだ胸の奥でチクリと疼いていたけれど、お酒の力と友人の叱咤激励のおかげで、私の心は確かに前を向いていた。


──そう、「月曜日」が来るまでは。



二日後の月曜日。午前八時四十五分。


私は週末の宣言通り、キリッとしたオフィスカジュアルに身を包み、完璧な「デキる先輩風」の顔で出社した。


自分のデスクに座り、PCを立ち上げ、メールのチェックを始める。

心の中の坂井湊斗のフォルダには、しっかりと鍵をかけた。これからは公私混同せず、仕事に生きるのだ。


「おはよ、美奈!」


背後から、聞き慣れた、そして今一番聞きたくなかった声が響いた。


心臓がドクン、と大きく跳ねる。


振り返ると、そこにはいつも通り、爽やかな笑顔を浮かべた湊斗が立っていた。


心なしか、婚約が発表されてから肌のツヤが良くなっている気がして、それだけで私のメンタルに小石がぶつかる。


「……おはよう、坂井くん。結婚の準備で忙しいんじゃないの?」


あえて名字で呼び、距離を取ろうとする私。


しかし、そんな私の微々たる抵抗など、このコミュニケーションの化物には一切通用しなかった。


「何言ってるんだよ、そんなことよりこれ」


湊斗は私のデスクに、ドサッと厚みのあるファイルをご機慣な様子で置いた。


「来月末の、秋の新作オーガニック飲料のプロジェクト。例の新ブランドから出る最初の商品だよな。その企画書、美奈がチーフだろ? 俺、営業側のメイン担当に立候補して、上に通してきたから」


「……は?」


「またお前とがっつり組めるの、楽しみだわ。営業の意見、どんどん反映させるからさ。あ、あと、これ今回のプロジェクトの特別アドバイザーとして、新ブランドを統括する新規事業室から二条さんも入ることになったから。後で挨拶行くぞ!」


湊斗は「じゃ、よろしく!」と私の肩をポンと叩き、嵐のように営業部へと戻っていった。


デスクに残された私は、目の前のファイルを見つめたまま、完全に魂が抜けていた。


(二条さんと? アイツと、私? ……それって……どんな地獄絵図?)


忘れる。綺麗さっぱり忘れて、次の恋を探す。


そう決意したわずか二日後に、失恋相手と、その完璧な婚約者と、三人で机を並べて二ヶ月間の泥沼プロジェクトに挑むことが決定した。


「……神様、これ何のバグですか」


私の心は、月曜日の朝九時前にして、早くも音を立てて死亡した。

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