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同期卒業-同期、恋人になりました-  作者: あおきつばさ


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第18章:エースの危機と、外圧の足音

第18章:エースの危機と、外圧の足音


東陽町の夜から、一週間。


幸せの絶頂にいた私を現実に引き戻したのは、金曜日の朝、社内を駆け巡った一本の人事ニュースだった。


「──おい、聞いたか? 坂井が『OHスーパーギガチェーン』の担当を外されたらしいぞ」


給湯室でマグカップを洗っていた私の耳に、他部署の社員たちのヒソヒソ話が飛び込んできた。


心臓が冷たい手でつかまれたように、ギュッと縮み上がる。


OHスーパーギガチェーン。

我が社「二条ゼネラルフーズ」にとって、年間売上のトップ5に入る超巨大スーパーマーケットチェーンだ。


新人時代から湊斗が執念で食い込み、ようやく今期、メインベンダーの座を勝ち取ったばかりの、いわば彼の「血と汗の結晶」とも言える大口顧客だった。


「やっぱり、社長令嬢を振ったペナルティだろ」


「営業のエースって言っても、所詮しょせんはサラリーマンだからな。上層部を敵に回したら一発だよ」


乾いた笑い声が遠ざかっていく。


私は濡れた手をぬぐうのも忘れ、激しい怒りと焦燥感に駆られて営業部のフロアへと向かった。



営業部のフロアは、いつも活気に満ちているはずなのに、今日に限ってどこか余所余所よそよそしい空気が流れていた。


その中心。

自分のデスクで、いつも通り淡々と受話器を耳に当て、キーボードを叩いている湊斗の姿があった。


けれど、その横顔は驚くほど血の気が引いていて、張り詰めた糸のようだった。


「──ええ、はい。後任の佐藤が責任を持って引き継ぎますので。……ええ、今まで本当にありがとうございました」


受話器を置いた湊斗は、深く、深いめ息を吐いた。

ネクタイを緩める指先が、かすかに震えている。


「湊斗……」


思わず声をかけそうになって、私はハッと踏みとどまった。


社内恋愛にとって社内はインフェルノ──地獄──。

私たちは今、付き合っていることを絶対に知られてはいけない。ここで私が過剰に心配すれば、火に油を注ぐことになる。


私は書類を抱え、仕事の用事を装って彼のデスクへと近づいた。


「坂井くん。これ、来週の企画会議の資料。目を通しておいて」


「……あ、浅田チーフ。すみません、ありがとうございます」


受け取る手と手が、一瞬だけ触れ合う。


その瞬間、湊斗は誰にも見えない角度で、私に「大丈夫だから」と安心させるように微かに微笑んでみせた。

その無理をした笑顔が、私の胸を猛烈に締め付けた。



その夜。午後十時すぎ。


案の定、湊斗は一人で残業を続けていた。

フロアの明かりが大半消え、静まり返ったオフィス。


私は温かい缶コーヒーを二本買い、彼のデスクの横にストンと置いた。


「……お疲れ様、坂井くん」


「美奈……」


湊斗はPCの手を止め、缶コーヒーを愛おしそうに両手で包み込んだ。


「見てたのか。情けないところ見せちゃったな」


「情けなくなんかないわよ。理不尽なのは上層部でしょ」


私は周囲に誰もいないことを確認し、彼のデスクの端に腰掛けた。


「二条社長の差し金ね。麗奈さんを傷つけた腹いせに、あんたの実績を横取りして他の奴に手柄を渡そうとしてるんだわ。古い体質にも程がある」


「まあ、サラリーマンだからさ。想定内だよ」


湊斗は強がって笑おうとするけれど、その瞳には隠しきれない悔しさと、色濃い疲労がにじんでいた。


「たださ、自分が今まで必死に走ってきた足跡が、大人の都合一つで無かったことにされるのって……思ったよりこたえるわ」


ぽつりと漏らした本音。


いつも自信満々で、みんなの先頭を走っていたエースが、今、組織の巨大な力に押しつぶされそうになっている。


「カッコ悪いな、俺。美奈にいいところ見せたいのに、付き合って早々こんなトラブルばっかりで」


うつむく湊斗の頭を、私は思わず両手で挟み込み、無理やり自分の方を向かせた。


「何言ってるのよ、バカ。あんたが営業のエースなのは、社長の娘の婚約者だったからじゃないでしょ。誰よりも顧客のために泥臭く走ってきたからじゃない。あんたがどんだけ理不尽に落ちぶれさせられても、私が次のチャンスをいくらでも企画してあげるって言ったでしょ」


私は湊斗の真っ直ぐな目を見つめ、力強く宣言した。


「上層部が何よ。実力ではねのければいいのよ。商品企画部チーフの底力、めないでよね。あんたをこのまま終わらせたりしないから」


「……美奈」


湊斗の目に、少しだけいつもの光が戻る。

彼は私の手をギュッと握りしめ、「ありがとう」と小さくつぶやいた。


冷酷な外圧の足音は、確実に私たちのすぐ近くまで迫っていた。

だけど、私たちはもう、ただの頼りない同期じゃない。


お互いの痛みを分かっておき、共に戦うための「最高のパートナー」になったのだ。


古い組織のやり方に、絶対に屈したりしない。

胸の奥で静かに、けれど激しく怒りの炎を燃やしながら、私は次なる大逆転のプランを練り始めるのだった。


(でも、その前に。元気を注入してあげたい)


周りを見渡して、近くに誰もいないことを確認してから──。


「元気になるおまじない」


そうささやいて、湊斗の唇に軽く唇を重ねた。

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