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同期卒業-同期、恋人になりました-  作者: あおきつばさ


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第13章:東陽町汚部屋パニックと、破廉恥な朝

第13章:東陽町汚部屋パニックと、破廉恥な朝


「……つ、着いたよ、美奈。ここが俺の部屋」


深夜十一時半。東京メトロ東西線・東陽町駅から徒歩数分の静かな路地裏。


湊斗に抱え込まれるようにして、私はオートロックのマンションの一室に滑り込んだ。


アルコールで脳がドロドロに溶けた私は、湊斗の背中にべったりと張り付いたまま、


「お部屋ぉ……」


と、ろれつの回らない声を出していた。


頭の中はピンク色のファンタジーでいっぱいだった。

ついに、七年越しの両片思いが実って、大好きな男の子の部屋へ。

お洒落な間接照明があって、なんだか良い匂いがして、そこから先は、その、大人の展開が──。


ガチャ、と湊斗がドアを開け、玄関の明かりをつけた。


「ちょっと散らかってるけど、適当に座って……」


「お邪魔しまー……す…………え?」


視界に飛び込んできた光景に、私の脳のアルコールが一瞬で「急速冷凍」された。


「……何、これ」


ワンルームのフローリングを埋め尽くす、脱ぎ散らかされたワイシャツ、靴下、スウェット。


コンビニの弁当ガラやペットボトルが、テトリスのように危ういバランスで積まれたローテーブル。

ベッドの上には、いつから干していないのか分からないクシャクシャの毛布。


そこは「大好きな彼のお部屋」などではなく、多忙を極めた独身男の限界の吹き溜まり──文字通りの「汚部屋」だった。


「あー、いや! これには深いワケが! ここ二週間、プロジェクトが佳境で全然家事に手が回らなくて、その、麗奈さんとの件もあってメンタル的にやられてたし……!」


言い訳をまくしたてる湊斗の声を、私は完全に遮断した。


スッと私の目が据わる。

頭のてっぺんから、シュウシュウと湯気が立つような音が聞こえた。


ピンク色のロマンス? 大人の雰囲気?

冗談じゃない。


二条ゼネラルフーズが誇る実務型マシーン・浅田美奈の、長年培われた「オカン遺伝子」が、この惨状を目前にして黙っているわけがなかった。


「坂井湊斗クン」


「は、はいっ」


「……ゴミ袋。大きいヤツ、あるだけ出しなさい」


「えっ、でも美奈、せっかく二人で……」


「出しなさいって言ってんでしょおおお!!!(怒)」


そこからは、深夜の東陽町・大掃除大作戦の開幕だった。


「あんたはペットボトルのラベルをがしてつぶす! 私は服を仕分ける! ほら動いた動いた!」


「う、ウッス!」


髪を後ろで一本に乱暴に結び、ワイシャツの袖を肩までまくり上げる。


付き合いたての初夜。

私は湊斗の体に触れる代わりに、あふれんばかりのゴミ袋を縛り、床に掃除機をかけ、コロコロで髪の毛を執拗しつように回収した。


湊斗は営業部のエースの面影を一切無くし、上司の命令に従う新人のようにキビキビとゴミを分別している。



「……ふぅ」


気づけば、窓の外が白み始めていた。


時刻は朝の午前六時。

フローリングはピカピカになり、ゴミ袋が五袋、玄関に整然と並んでいる。


部屋の中は見違えるほど綺麗きれいで、清潔な空間へと生まれ変わっていた。


達成感とともに、すごまじい疲労が押し寄せる。

私は湊斗のベッドの端に腰掛け、力尽きたように座り込んでいた。


「……ごめん、美奈。本当に悪かった。せっかく『一緒にいたい』って言ってくれたのに、俺のせいでこんな……」


湊斗が申し訳なそうに、れたてのインスタントコーヒーを差し出してくる。


その時、私はハッと時計を見た。


「あ、やばい、もう六時半! 湊斗、あんた今日出社でしょ! 早くシャワー浴びて着替えなさい!」


「え? あ、おう。美奈は今日、代休だもんな」


慌ててシャワーに飛び込む湊斗。


その間に、私は彼のクローゼットからアイロンの当たったワイシャツを引っ張り出し、ネクタイと一緒にベッドに並べた。

我ながら、流れるようなオカンムーブである。


七時過ぎ。

ビシッとスーツを着こなした湊斗が、バッグを持って玄関に立った。


いつものカッコいい、仕事のデキる坂井湊斗だ。


「じゃあ、行ってくるわ。美奈は昼までここでゆっくり寝てて……」


「うん、行ってらっしゃい。鍵ちゃんと閉めて……んぐっ」


言葉は、最後まで続かなかった。


湊斗が突然私の肩をつかみ、引き寄せたかと思うと、私の唇に、すっと自分の唇を重ねてきたからだ。


ちゅ、と、静かな玄関に小さく音が響く。


「……じゃ、行ってきます」


湊斗は耳まで真っ赤に染め上げ、けれど悪戯いたずらっぽく満足そうに笑うと、そのままドアを開けて外へと飛び出していった。


バタン、とドアが閉まる。


「……………………は?」


一人残された東陽町のワンルームで、私は完全に硬直していた。


指先で、今しがた触れ合っていた自分の唇に触れる。

じんわりと熱が広がっていく。


行ってきますの、チュー。


(え? 私たち、新婚夫婦だっけ?)


でも、初めてのチュー。


「……あ、あああああああああ!!!!」


その瞬間、私の頭の中で、昨夜からの記憶が鮮明なハイビジョン映像となってフラッシュバックした。


『みなとぉ……もっと、一緒にいたい。帰るのやだ』

『あんたの部屋、行く。今夜は、帰らない』


「な、ななな、なんて破廉恥はれんちなことを口走ってんのよ、私はーーー!!!」


羞恥しゅうち心のあまり、顔から火が出るどころか爆発しそうだった。


下戸のくせに調子に乗って酒を飲み、好きな男に迫り、挙句の果てに着いた部屋でブチギレて深夜の大掃除。

さらに朝には新妻面をして送り出し、キスをされてボロ雑巾のように床にへたり込んでいる。


「何が社内秘密厳守よ! 何が戦友よ! もう完全にオカン認定されるようなことしかしてないじゃない!!」



私は自分の門前仲町の自宅へ戻る電車の記憶もないほど、徹夜のテンションで浮き足立って帰宅した。


きっと電車の中でニヤけたり、羞恥で真っ赤になったり、百面相していたはずだ。


(電車に同乗していた皆さん。ごめんなさい。でも幸せだったので許して下さい……)


帰宅してそのままベッドにダイブし、枕に顔を埋めて「ぶっ殺してーーー!」と叫びながらジタバタと足をバタつかせる。


せっかく付き合えたのに、初手から完全に大失敗である。


私は狂おしいほどの自己嫌悪にさいなまれながら、二度と湊斗の顔を見られないかもしれないという絶望とともに、深い眠りへと落ちていくのだった。


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