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同期卒業-同期、恋人になりました-  作者: あおきつばさ


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第12章:机の下の秘密と、泥酔ヒロイン

第12章:机の下の秘密と、泥酔ヒロイン


「──浅田チーフ! 開場と同時に東エリアの待機列が動き始めました! 昨日を遥かに上回るペースです!」


「インカム了解! サンプリングの配布スタッフ、全員位置について。昨日の物流トラブルの教訓を生かして、バックヤードの在庫は常に台車二台分をキープしておいて!」


日曜日、午前十時。


東京ビッグサイトで開催されている、二条ゼネラルフーズ最大のフードフェスティバルは、二日目にして最終日を迎えていた。


昨日、倉庫のミスでサンプル飲料が消失しかけるという大修羅場をくぐり抜けた我がチームに、もはや油断の二文字はない。

私はインカムの位置を調整しながら、ブース全体の動きに鋭く目を光らせていた。


「美奈、こっちの準備もいつでもいけるよ」


パーテーションの隙間から、ひょっこりと顔を出したのは坂井湊斗だった。


手には商談用のタブレットと資料。

昨夜、薄暗い舞台裏で私の手を握りしめ、髪を振り乱して「一生かけて泥臭くアプローチし続ける」と本気で告白してきた男の顔は、今は完全に「二条ゼネラルフーズの営業エース」のそれに戻っている。


「……うん、よろしく。坂井くん」


あえて事務的なトーンで返すと、湊斗は一瞬だけ寂しそうな顔をしたが、すぐに「任せとけ」と短く言って営業エリアへと走っていった。


付き合いたて、ほやほやの翌日。

じっくり余韻に浸る暇すら与えてくれないのが、悲しき会社員の現実である。


胸の奥で炭酸がはじけるような甘酸っぱい感覚を必死に抑え込み、私は目の前の仕事に没頭した。


結果から言えば、最終日のステージは大成功、いや、大爆発だった。


新規事業室長の二条麗奈さんが仕掛けた、洗練されたプロモーションがSNSで爆発的に拡散され、午後を過ぎるとブースの前には長蛇の列が途切れることなく続いた。


企画、営業、そして新規事業室。

三つの部署の意地とプライドが完璧な形の歯車となり、最終的な総売上高は、我が社のイベント史上過去最高を記録したのだった。



「──皆様、二日間の激闘、本当にお疲れ様でした! 乾杯!!」


午後八時半。ビッグサイト近く、お台場の大型居酒屋。


貸し切られた座敷には、イベントの成功に歓喜するメンバーたちの熱気が渦巻いていた。

あちこちでビールジョッキがぶつかり合い、唐揚げやポテトが詰まった大皿が飛び交っている。


「いやー、浅田チーフ、マジで昨日は心臓止まるかと思いましたよ!」


「本当よね。でも、坂井のあのリカバリーはさすがだわ」


周囲の先輩や後輩たちから次々と声をかけられ、私は笑顔で応じる。

そんなにぎやかな宴会の席で、私の右隣には、いつの間にか湊斗がちゃっかりと滑り込んでいた。


「美奈、お疲れ様。これ、ウーロン茶ね」


「あ、ありがと……」


手渡されたグラスを受け取る。


これだけ人が密集している居酒屋だ。周囲の目はどこにあるか分からない。

麗奈さんとの婚約解消が発表されてまだ二日。私たちが付き合い始めたなんてことがバレたら、社内は蜂の巣をつついたような大騒ぎになるだろう。


私は極力、湊斗と目を合わせないように、正面の先輩の話に相槌あいづちを打っていた。


すると。


すっ、と。

テーブルの下、私のひざの上に、大きな、体温の高い手が伸びてきた。


(っ!?)


心臓が跳ね上がる。


驚いて隣を見ると、湊斗は右手でビールグラスを掲げ、正面の後輩と、


「おう、今回はお前も頑張ったな!」


などと爽やかに談笑している。


しかし、その男らしい左手は、テーブルの下で迷うことなく私の右手を探り当て、指と指を深く絡める「恋人繋つなぎ」を仕掛けてきていた。


(ちょっと……バカ! 誰かに見られたらどうするのよ!)


手を振りほどこうと力を込めるが、湊斗の強い力に阻まれる。

それどころか、彼は私の親指の付け根を、慈しむようにきゅっと優しく握り直した。


誰も見ていない、机の下だけの秘密のスキンシップ。


繋がれた手から、湊斗の熱い体温と、「もう絶対に離さない」という強い意志がドクドクと伝わってきて、私の耳の奥がカッと熱くなった。

正面を向いたまま、ウーロン茶を飲む私の手がおのずと震える。


そんな緊張と、イベントをやり遂げた凄まじい解放感のせいだろうか。


「浅田チーフ! これ、今回の限定コラボの梅酒です! ちょっとだけ飲んでみてくださいよ!」


「あ、うん、ありがと……」


普段は下戸で、飲み会では頑なにウーロン茶を貫く私が、その時はどうにかなっていたのだ。

差し出された小さなグラスを、断るのも面倒で、そのまま喉に流し込んでしまった。


それが、すべての引き金だった。



「……うう、あたま、まわる……」


午後十時半、打ち上げが一次会で解散となり、駅へ向かう人波から少し外れた街頭の陰。


夜風に当たった瞬間、時間差で強烈なアルコールが脳を直撃した。

視界がぐにゃりと歪み、足元がおぼつかない。普段飲まない人間の、典型的なドロドロの泥酔状態だった。


「ほら、美奈、大丈夫か? 完全に目が据わってるぞ」


周囲に人がいないことを確認し、湊斗が慌てて私の肩を支える。


いつもなら、「触らないでよ!」と突っぱねるはずだった。

社内秘密厳守、と自分に言い聞かせる理性があったはずだった。


けれど、アルコールに溶かされた私の心は、驚くほど素直に、そして大胆になっていた。


「……みなとぉ」


「え? 何?」


私は湊斗の胸元に、額を思いきり擦りつけた。

ワイシャツ越しに聞こえる彼の心音と、おじさん上司とは違う、清潔な柔軟剤の香りが鼻腔をくすぐる。


「寂しかったんだからね……。七年も、ずっと、あんたの隣にいたのに……」


「美奈……」


「もっと、一緒にいたい。帰るのやだ」


私は湊斗のジャケットの裾をギュッと握りしめ、うつむいたまま、普段の私なら絶対に口が裂けても言えないような、破廉恥なセリフを口走った。


「……あんたの部屋、行く。今夜は、帰らない」


街灯の鈍い光の下、湊斗が絶句して息を呑む音が聞こえた。


服の上からでも湊斗の体温とともに、急に胸の鼓動が早まるのを感じた。

私の泥酔ヒロインムーブに、付き合いたての坂井湊斗の理性が、今まさに崩壊の危機を迎えていた。


(……って、私、今なんて言った!? アルコールのせいで、完全に口が滑った……っ!)



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