第3話 逃走
「止まれ!プレート王国軍だ!」
森の陰から現れた兵士たちが、剣を抜いて迫ってくる。 その数、十数名。完全に包囲されていた。
「くっ……!」
ライルが剣を構える。 セレブはすでに木陰に身を隠し、ノアは震える手でフルートを握りしめる。
「やるしかねぇな!」
レイアックスが地を蹴った。 その動きは、まるで獣のように鋭く、速かった。
「うおおおおおッ!!」
拳が兵士の腹にめり込み、男の体が宙を舞う。 そのまま、背後の木に叩きつけられた。
「……ッ!」
鈍い音とともに、兵士の体が崩れ落ちる。 動かない。
「……あ……?」
レイアックスの拳が、わずかに震えた。
「おい……おい、嘘だろ……?」
彼は駆け寄り、兵士の胸に手を当てる。 鼓動は、もうなかった。
「……殺した……俺が……」
レイアックスの視界が、ぐらりと揺れた。 拳に残る温もりが、じわりと冷たく変わっていく。 自分の手が、血で濡れていることに気づいた瞬間、呼吸が止まった。
(止めるだけのつもりだった……! いつもみたいに、殴って、倒して、それで終わりのはずだったのに……)
胸の奥が、きしむように痛む。 兵士の顔が、ただの“敵”ではなく、どこかで見たことのある“誰か”に重なった。
(なんでだよ……殺すつもりなんて……俺は!)
拳を握る力が抜け、指先が震えた。 自分の力が、初めて“怖い”と思った。
その瞬間、彼の中で何かが崩れた。
「レイアックス、今は・・・っ!」
「うるせぇッ!!」
叫びとともに、彼は次の兵士に突っ込んだ。 だが、その拳には、さっきまでの勢いがなかった。
拳を振るたびに、さっき倒れた兵士の顔が脳裏にちらつき、腕が重く沈んだ。
「ノア、援護を!」
「う、うんっ……!がんばるよぉ……!」
ノアの旋律が響き、仲間たちの動きが軽くなる。 セレブは背後から敵を仕留め、ライルは前線を支える。
だが、レイアックスだけが、拳を振るうたびに、何かを失っていくようだった。
戦闘が終わったとき、彼はその場に膝をついていた。
「……俺、ただ……止めたかっただけなのに……」
誰も、彼に言葉をかけられなかった。
その沈黙を破ったのは、ノアだった。おそるおそる近づき、レイアックスの拳にそっと触れる。 小さな手は震えていたが、その温もりは確かだった。
「……レイアックスの拳、ぼく……こわくないよ」
その言葉は、雷鳴よりも静かで、けれど、胸の奥にまっすぐ届いた。
レイアックスは、息を呑んだ。自分の拳を見つめる。血の跡がまだ残っているのに・・・・ノアは、その手を離さなかった。
(……なんで、こんなガキが……俺なんかの手を……)
胸の奥に、かすかな灯がともった。 弱々しく、今にも消えそうな光。 だが、それは確かに“救い”だった。
「今は考えるな!逃げるぞ!」
ライルの叫びに、一行は森へと駆け出した。




