こんな夢、さっさと覚めてくれ!!
徐々に意識が戻ってきた。重たい瞼を開くと、黒い艶やかな瞳が目の前にあり、ドキッとした。
「神門臣?」
ああ、神門臣の顔が近い。つねづね、その瞳に吸いこまれたいと思ってたけど、本当に吸いこまれるなんて。もうそれこそ全身に神門臣の瞳を感じる。そのせいか体が柔らかな温かさに包まれ、金縛りにでもあっているかのように動けない。
「ちょっと何、この感触!」
神門臣が戸惑ったような大声を上げた。
鼓膜が割れそうになる。いくらなんでも声がデカすぎる。大きな瞳、いや大きすぎる神門臣の瞳は困惑しきっている。
「まさか生きている?」
神門臣の震えた声に、今度はこっちが戸惑う。
「生きているも何も、俺はちゃんと……」
そう言った時だった。
今度は遊園地の海賊船にでも乗ったかのように、上から横に急降下。ふいに温かな束縛がとれ、身体が飛ばされた。
悲鳴を上げながら地面に激突。そのわりに身体が痛くない。不思議に思って起き上がってギョッとした。巨大化した神門臣が倒れている、いや、正確に言えば巨大化したジャージ姿の男に押し倒されている。
「止めろ」
そう叫んで、そのまま絶叫した。
巨大化した男の顔には見覚えがある。いや、見覚えがあるどころの騒ぎじゃない。離れた両目に、小さい鼻に大きな口。唇の左下にホクロが2つ。この魚顔。おお、俺だ!
「何やってんだ、俺」
訳もわからず叫んだ。しかし、目の前の巨大化した俺は、こちらに見向きもしない。
「さきほどはよくも」
巨大化した俺の口から聞いたこともないようなダミ声が響いた。
一体これはどうなっているんだ?
状況が飲み込めない俺などおかまいなしに、神門臣が口を開く。
「さっさと人形の中に入って、その身体を持ち主に返しなさい」
「俺に組み敷かれながら、よくもそんな口が聞けるな」
巨大化した俺が笑った。
俺の顔の表情筋のどこをどう使えばそうなるのか、悪代官ばりの人相でニタニタと笑っている。
「気に入った。気に入ったぞ、小娘」
巨大化した俺が神門臣のジャージの胸元をぐいっと開いた。
「やめろ」
俺は巨大化した俺を殴った。
しかし巨大化した俺はビクともしない。というか気づきもしない。って、いくらなんでも、そんなはずあるか?
握りしめた拳を見つめ、ぶっ倒れそうになった。な、なんなんだ、この綿の入ったような愛らしい手は! そもそも指がないからグーにしかできない。
焦って辺りを見回し、ふいに湖に映った姿に愕然とした。
なんだこのかわいすぎる姿かたちは?
神門臣の作っている人形がなぜに映る? 手を動かすと、湖面に映った、かわいい手も動く。冷汗が綿100%の背中を伝う。こ、これは間違いない! 人形の中に入っちゃったんだ!
その時、
「博美、何やっているのよ」
悲鳴のような声に血の気(綿の毛か?)が引いた。
振り向く間もなく、透子がすごい目をして歩道から猛然と走ってくる。
「バカ! なにとち狂ってんのよ」
巨大化した俺に透子が飛びついた。しかし巨大化した俺は、蚊でも払うように透子を払った。
「きゃあ」
あっという間に透子が砂の上に転がった。
「透子!」
慌てて駆け寄った俺には見向きもせず、透子は茫然として巨大化した俺を見つめている。
つられて俺も巨大化した俺を見て愕然とした。巨大化した俺が神門臣にキスをしている。
「博美……」
巨大化した俺は神門臣の唇から自分の唇を離すと、ちらりと透子を見た。
「嫉妬するなよ」
「最低っ」
透子が憤然と立ち上がった。
「あんたのこと好きだとかちょっとでも思ったわたしがバカだった」
透子が突然、しゃがみこむと、近くにいた俺の身体を掴んだ。そして石でも投げつけるかのように力任せに俺を、巨大化した俺に向かって投げつけた。
「うわあああ」
俺は叫び声を上げながら、空気を切るようにふっ飛んだ。
ぶつかる! そう思った瞬間、俺の身体を大きな手が掴んだ。
「神門臣さん、待ってて。甲斐くん呼んでくるから」
透子が勢いよく駆け出した。
いや、呼ぶなら甲斐じゃなくて先生か霊媒師だろ。
そう叫ぶこともできず、俺は体を掴まれたまま、巨大化した俺の胸の前に持ってこられた。(俺を掴んでいるのは巨大化した俺だったらしい!?)巨大化した俺が人形となった俺の顔を覗き込んだ。
「お主か、この身体の持ち主は」
「そうだ」
と頷きながら、かなりシュールな会話に混乱する。
自分が自分に向かって自分なのか? って。もう何がなにやらよくわからない。そうか、これは夢だ。夢を見ているんだ。じゃなきゃ、こんな会話ありえない。
「夢だったら良かったのに」
巨大化した俺がつぶやいた。
びっくりして顔を見ると、巨大化した俺の目に苦悩の色が浮かんでいる。
「お主、この娘を救いたいか」
「え?」
「ここに倒れている娘をお主も救いたいかと聞いているんだ。このままじゃこの娘は死ぬ」
「神門臣が、どうして、そんな。死ぬなんて嘘でしょ」
そんなの悪い冗談としか思えない。でも湖のほとりで倒れている神門臣はピクリともしない。顔色は青白くて、血の気が通っていないように見える。やっぱり夢だ。こんなの現実じゃない。
「これは現実だ。嘘でもない。息が止まっている故、まもなく死ぬ」




