そんなことしちゃダメだ、神門臣!
「おい博美くん! どっち行くんだよ。そっち行くとスタート地点に戻るぞ」
甲斐の叫ぶ声が聞こえる。
「先に行ってて。神門臣とすぐ追いつくから」
振り返らずに叫んだ。
☆☆☆☆☆
誰も住んでいない家って怖い。
怖い話を聞くよりずっと怖い。特に何年も前に打ち捨てられたような家は。
人が住んでいないのに、何か別のものが住んでいるんじゃないかって気配を感じる。
いや、感じちゃダメだ。感じた途端に出る。昔からそうだ。“ぞわっ” と感じると、視たくもないものが視えたり、聞こえたりする。
どうも俺の家はそういう家系らしくて、昔、ばあちゃんに相談したら、「視えない、聞かない。そうすれば何もないから」と教えられた。
視えちゃうものや聞こえてくるものをどうやって、視えなくあるいは聞かなくすればいいのか、分からなかったし、なかなかできなかった。
でもある時気づいた。視える前、聞こえる前には必ず、“ぞわっ” と何か嫌な感じがする。その後に視えたり、聞こえたりする。その“ぞわっ”を感じないようにすればどうなるのか、試してみたことがある。すると視えたり、聞こえたりしなかった。それで悟った。感じないようにすればいいということを。
だから、今みたいなこういう“ぞわっ” と、きそうな場所では強く心の底で念じる。そんなものはない。感じないって。まあ、午前中の資料館では失敗したけど……今回は大丈夫。感じないって思いこめ! これだって、ただの空き家にすぎない!!
「神門臣」
“ぞわっ” とこないよう、大声で叫ぶ。
「神門臣、どこにいる」
俺の声が虚しく響く。
耳を澄ましても、鳥の声が聞こえるだけで、神門臣の声は聞こえてこない。
一体どこの家に行ったんだ? 一軒一軒入って調べる?
でも廃墟って言っても誰かの家だろうし許可なく入っていいものだろうか?
あー絶え間なくさえずる鳥の鳴き声がうるさくて仕方ない。なんだか目覚まし時計のように焦らされている気がする。
遂に雨が降り出した。リュックから傘を取り出す。
神門臣は傘を持ってきているんだろうか。
予報では夜から雨ってことだったのに、こんなに早く降り出すなんて。そう思って時計を見てギョッとした。
もう1時間半も経っているじゃないか。お、お手洗いってそんなに長くかかるもの? 女の子ってそういうもの?
い、いやいくらなんでもおかしい。もしかしたら、俺と行き違いになって、既に歩道の方に戻っているかもしれない。
いや、そもそも空き家になんて行っていなくて、ちゃんとスタート地点まで戻って引き返しているかもしれない。
甲斐や透子とすれ違わなかったのもあの2人が気づかなかっただけで……と、とにかく俺も歩道に戻ろう!
逃げるようにして、気味の悪い豪邸群を抜け、歩道に戻る。しかし神門臣の姿はない。もしかして先に行ったのかもしれない。そうだ、そうに決まっている。傘を片手にまた走り出した。その時、木々の合間、湖畔のほとりに佇んでいる華奢な背中が視界の端に入った。
神門臣?
傘もささずに華奢な体が、憑かれたように湖へ向かって歩き出した。
まままままままさか入水?
傘を払い落とし散歩コースを降りて、走る。細い肩に飛びつくように手を伸ばす。
「神門臣、ダメだ」
神門臣が驚いてこっちを振り返った。そのはずみに、神門臣の目の前に人が、それも男がいるのが目に入った。
え?
心臓が止まりかけた。見知らぬ男は侍姿をしていた。それだけでも異様だが、全身が青白く光っている。般若のような形相で、神門臣の手にした人形にまさに触れようと片手を伸ばしている。
神門臣がいつも作っている人形?
そう思った時だった。
男がニヤリと笑うと、人形に触れそうになっていた指で突然俺の腕を掴んだ。
次の瞬間、俺の背中、肩甲骨と肩甲骨の間から、何かがぐっと入り込んでくるのを感じた。
ジェットコースターのてっぺんから急降下する感覚とともに、辺りが真っ暗になって何も分からなくなった。




