魔馬牧場へ
「おお、島全部牧場か」
「はい。魔馬ですから、島全部じゃないと管理出来ないって」
ミシュティの実家、ご両親もいるお祖父様の牧場はポイニークーン諸島の西側にある島にあった。
大きさはひよこ島くらいありそうだが、全て平地だ。
隣の大きな島が目に見えるくらいの距離なので、孤島ではない。
ペガサスもいるとのことで、脱走防止の障壁が島全体を覆っている。
「猫、猫はどこだ」
「馬房か納屋にいるはずですよ」
ミシュティがわらわらと集まってきた魔馬たちに果物を配りながら、遠くの建物を指し示した。
ディーは勝手知ったる出身地とばかりに、鼻息荒く駆け出した。
もちろんカヌレちゃんも猛スピードで追って行く。
「あいつなんで走ってんの」
「まだ飛べないんですよ、羽ばたいてはいますけど」
「へえー」
ミシュティは二百年ほど就活していた頃、この魔馬牧場のお手伝いをしていたという。
だから魔馬たちに囲まれているのだ。
「お、いたいた……どの毛皮がいいかな」
「何種類か用意して、アマネさんに選ばせてはどうでしょう」
「お、いいなそれ」
「猫の毛皮は理由あって培養したことはあるのだけれど」
「うん?」
「三毛、ハチワレ、斑系はサンプル猫ちゃんと同じ模様にはならないのよね。白黒だったはずの毛皮が三毛になったり、ほとんど斑のない白っぽいのになったりする」
「ほう……」
「なので、検体は多いほうがいい。縫い合わせるなら模様はどうにでもなる」
「そうだな、猫から毛皮を剥ぐのは絶対嫌だけど。培養なら誰も痛くないからな」
「ジューン様、検体はどうやって?」
「この細い棒で背中とかを適当に擦って、棒ごとこの培養液入りの瓶に落とせばいいだけ」
「それでしたら、私がやります」
「そう? じゃあお願いしようかな」
臆病な猫ちゃんは避けて、ミシュティに甘えてくる猫ちゃんからだけ頂く作戦である。
あっという間に八本の培養瓶が完成した。
「三毛、斑、ブルーグレー単色、サバトラ、キジトラ、黒単色、白単色、茶色単色」
「ほかの部位と繋げるならともかく、毛皮だけなら数日あれば八十センチ角くらいね」
他の用途がないので、毛皮だけなら時間加速でいける。
古代ホムンクルスにするなら、予期せぬ脆弱化を防ぐという理由で時間加速は回避したほうがいい。
毛皮だけならまったく問題がない。
「ほーん、じゃあ出来たら手紙くれ」
「わかったわ」
「あ、そうだ。攻撃手段としてホムンクルス猫の爪を硬い素材で作りたいんだけどさ、なんかいい金属ある?」
「ポチの巣にあったやつならある。龍気を帯びたオリハルコンとかどう?」
「おお? 強そうだな?」
「まず折れることはなさそう」
「だな! 爪は出し入れできるようにして……爪そのものはレスターに外注、あとは──」
「私はちょっと祖母のところに行ってきます」
私たちはノートを取り出し独り言を呟き始めたフレスベルグを置いて解散した。
私はひよこ島へ。
(毛皮だけなら、私室でいいかな)
西の作業棟にある古代ホムンクルスのラボと同じ空間に置くのはリスクが高すぎる。
あっちには完璧な『人間』にしなくてはいけない古代ホムンクルスがあるからね。
壁際に細長いテーブルを設置し、八つの魔法陣を焼き付ける。
(猫の細胞だから、温度設定は三十八度ね)
それから、採取したものを丁寧に大きな瓶に入れ替えて並べる。
瓶はすぐに培養液から微細な水泡を発生させながら、その中身を揺らめかせ始めた。
瓶を両手で挟み、小さな毛皮の欠片が浮かんでくるまで時間加速をかける。
形さえ定まってしまえば、あとは増殖して大きくなるだけ。
細胞から該当部位の欠片が出来るまでが、一番時間を要するところなのだ。
全ての瓶に小さな毛皮が浮かんだところで、作業は終了だ。
(ローランでこれをやるにはリスクが高すぎる。決まった人しか来られないひよこ島じゃないと)
ローランの屋敷にも強度の防犯魔法をかけてあるが、ひよこ島ほど鉄壁ではない。
こんな技術や培養液のレシピ、他人に見られたら大騒ぎになる。
特にローランの人たちは、そういうのに食い付きそうだし。
(今は人工皮膚も良いものが出来ているし、生体組織を高解像度で培養する技術は無い方がいい)
知ったのが毛皮だけだとしても、人間は短命な分非常に要領が良くて頭がいい。
あっという間に臓器まで作るようになるだろう。
そもそも、古代ホムンクルス製造技術が失伝したのは、故意に失伝させたからである。
魔臓のある動物は、人間や他種族を含めて臓器移植が出来ない。
魔力が強烈な拒否反応を起こすからだ。
が、稀に拒否反応を起こさせない個体がいる。
(大昔、この技術があった頃……そういう個体は捕まり、命ある限りずっと細胞を採取され続けていた)
気分のいい話ではない。
それに、非常に危険な個体を量産出来る技術なんて広めるべきじゃない──少なくとも、私はそう思う。




