チェシャとランチ③
「──不仲なのは、主に受付の子たちなんです。実は原因は心当たりがありまして……」
「ふうん?」
コケットのコンソメスープは程良い塩気で整えてあり、野菜で少し冷えた胃に優しく収まっていく。
最後に鼻腔をくすぐるのはローリエの香り。
無限に飲めそうな、いいお味である。
「一人、厄介な子がいまして。新人でもベテランでもない中堅なんですが」
「うん」
「なんといいますか、本人は誰かの批判をしたり意地悪なことを言わないんですけど、他人が言ったネガティブな言葉を本人に伝えちゃうんですよ……」
「ああ。さらにその反応をまた言った人に持ち帰る感じの……」
「そうなんです、まさにそれでみんなギスギスしてまして。本人は態度も口調も穏やかで、仕事もきちんとしてますし、何より批判めいた話題の発信者ではないんです」
「個人的には……悪意を運ぶメッセンジャーが、一番悪意あると思うけれど?」
チェシャは耳を倒し、小さく息をついた。
「そうなんですよぉ……」
そういう人は、どこにでもいる。
『私はそう思ってないけど、あの人がこう言ってたよ』とか言ってくる人は、悪口を発信した人より性格に問題があると思う。
いい人の仮面をかぶった怖い人よね。
悪意がないならただの浅慮だけれど、あればあったで厄介なのよ。
「…………チェシャは数年間、鑑定部門に居たって言っていたわね」
「はい」
「件の受付スタッフを指導してどうにかしようとするより、部署異動がいいかもよ。問題が無くなれば雰囲気も変わるし」
「そうですねぇ……異動も視野に入れておこうかな」
そういったところで、メインの白身魚の香草焼きが運ばれてきた。
「わあ、大きい」
「これは食べ応えありそうです」
大きな白身魚の切り身は、鮮やかな色の新鮮な香草を混ぜ込んだパン粉を纏って、きつね色に焼き上がっている。
ふわっとバターが香り、期待値が上がっていく。
「サックサクね」
乾燥香草ではなくフレッシュなものを利用しているだけあって、とても香りがいい。
あえて大きめに刻まれた香草は、強い香りとかすかな苦味を舌に伝えてくる。
バターの脂っこさを香草が軽減していて、いいバランスだ。
横にたっぷり添えられているキノコはピリ辛で、魚とよく合う。
「美味しい……」
「ふわぁ、サックサクだけど身は柔らか……」
籠に盛られた白パンも柔らかく、噛み締めるほどに甘みが広がっていく。
「これは毎日食べたら太るわね」
「確かにです」
綺麗に食べ終わったところで、薬草茶が出てくる。
メニューを再度見てみると、このあとはお肉が来るらしい。
最後はテーブルまでやって来るデザートワゴンから好きなデザートを取ってもらい、コーヒーか紅茶を選ぶようだ。
「普通にコース料理だった」
「そうですね、省略されてる部分もありますが、コースっぽいですよね」
頼みやすそうな単品で客寄せをしないのは、店主のこだわりなのだろう。
席数が少ないので、客数管理も影響しているのかも。
私はさりげなく周囲に視線を動かした。
どのお客さんも、貴族のように着飾っているわけではないが仕立ての良い服を着て品がいい。
目の前のチェシャも、紫陽花色のワンピースを身にまとっている。
襟元と袖口に、銀糸で精緻な刺繍が入っていて派手ではないが若いお嬢さんらしく華やかだ。
(客層を価格帯でコントロールか。よくあるやり方ね)
値段に見合った料理が出てくるので、まったく文句は無い。
少食な人にはちょっと厳しいかもしれないが、言えば量を調整してもらえそうな雰囲気がある。
「ここ、デザートワゴンが定期的に来てくれておかわり自由なんですよ……」
「それは甘いもの好きな人にはたまらないでしょうね。うちのメイドなら全種類制覇しそうだわ」
「うふ。ここのなら八種類くらいなので、私も制覇してます」
苦いけれどスッキリ清涼感のある薬草茶を飲み終わり、テーブルが手際のいい給仕の手でリセットされる。
「薬草茶、多分消化を助けるものなんでしょうけど……茜風の葉が使われていることくらいしかわかんないです。毎回今度こそ舌で見破ろうと思って、鑑定は使ってないんですけど」
「ふふ、ゲームをしているのね」
私はもう少し多くわかったけれど、言うのは無粋というものだ。
「そうなんです。趣味のカフェ巡りでも鑑定を使わず考えるのが楽しくて」
「それは楽しいと思う……あ、カフェと言えば魔欠けエリアの奥にもカフェがあったわよ」
「えーっ、あのエリアにですか? 小さな食料品店しかないと思ってました。今度行ってみます」
私とチェシャの前に、鮮やかな色のソースが数種類あしらわれた皿が供された。
嵐鳩のコンフィである。
コース後半ともあって、小さなお肉だったけれど満腹に近いお腹にはちょうどいい。




