チェシャとランチ①
お茶のお礼を言って、街に戻ると商店街で深刻そうな顔をして大きなパプリカを手に取っていたチェシャに会った。
「あ、ジューンさん。こんにちは」
「こんにちは……今日は休み?」
「はい。職員宿舎が近いのでいつもここで買い物してるんです」
チェシャはそう言って、残念そうにパプリカを陳列台に戻す。
「一人暮らしなので、ちょっと大きいです。パプリカは好きなんですけれど」
「確かに大きいわね」
「仕事の日は外で済ませますし、余すと後日冷蔵庫から液状化した野菜が……」
「冷蔵庫だとそうなるのはわかる」
時間停止型の時空庫があれば問題ないけれど、氷魔核で動く冷蔵庫は当たり前に時間経過がある。
時空魔法持ちは少ないし、大多数は冷蔵庫を使っているからこういう話はよく聞く。
「料理は好きなんですが、後片付けが嫌で休日しかしないんです」
「疲れ切って帰ってきたらそうなるのよね」
「はい。朝はちょっとゆっくり出勤ですが、深夜の当番と交代するまではギルドにいなきゃいけないので、十二時間以上拘束されるんです」
なるほど、副ギルド長は激務らしい。
そりゃ帰宅して料理したくないのも理解出来る。
そんな流れで、私とチェシャは商店街のレストランで一緒にランチを食べることになった。
チェシャが教えてくれたのは、商店街の真ん中あたり──建物の隙間を通って奥へと細長く伸びている通路の先にあるレストランだった。
「せまい」
「そうなんです、太ったら辿り着けないんですよ。身体が大きい人は遠回りして、一本ズレた道から行かないとです」
(二つの建物の隙間……近道として利用されている。でも、この扉は?)
八百屋さんと酒屋さんの間にある通路、その奥の建物は何なのかはわからないが、通りに出れば確認出来る。
この狭い隙間に扉をつけているのは、一体なぜなんだろう。
私はチェシャの魅惑的な揺らめく尻尾を眺めながら、ピタリと閉じられた目立たない扉を横目で眺め、先へ進んだ。
辿り着いたのは商店街から一本ズレた道で、妙な扉があったのは花屋さんのようだ。
花の看板があるだけで、開いてはいなかったが。
「ああ、そこの花屋さんが気になります? 店じゃなくて、注文品を配送してるだけみたいですよ」
私の視線を追って、気配りスキルの高いチェシャが教えてくれた。
「そうなのね。でもなんであんなすき間に扉が」
「え? 扉なんてありましたか」
「あったわよ」
「何回も通ってますけれど、扉なんて……」
私たちは引き返し、扉を見に行った。
「あれ、ほんとですね」
「軽い隠蔽魔法がかかってるのね」
「……覚えておきます」
「ある、とわかってしまえば気がつくけれど気にしてなかったら、ずっとわからないやつね」
妙な扉ではあるが、怪しいというほどでもない。
私たちは再びレストランへ向かい、かわいらしい建物の前に到着した。
「やった! ジューンさん、今日はラッキーですよ、並ばず入れそうです」
店内はテーブル席が五つ、カウンターが六席。
案内されたテーブル以外は満席だ。
私は明るい木材と真っ白なテーブルクロスで整えられた店内を見回し、チェシャに感想を述べた。
「明るくて感じがいいわ」
「うふふ、お料理も最高ですよ。毎日のランチにはちょっと高いから、時々しか来れませんけれど」
庶民のランチは、だいたい白銅貨一枚が相場である。
ギルドの受付嬢たちはお弁当派も多いらしい。
白銅貨一枚以上は、ちょっと毎日は来れない感覚なんだと思う。
メニューに目を落とすと、ランチセットは白銅貨三枚から。
確かにそう言われてみれば、かなり強気な価格帯である。
今日のおすすめは白身魚の香草焼きとのことで、それを二つ注文する。
「どうします? 飲んじゃいます?」
「断る理由がないわ」
追加で白ワインを一本。
「で、チェシャはローランに栄転して来て数ヶ月でしょ? もう慣れたの?」
チェシャは手入れの行き届いたつやつやの毛を肉球で撫でつけ、頷いた。
ミシュティは毛が細くふわふわだが、チェシャは太い毛をしていてつやつや。
同じような外見でもかなり雰囲気が違う。
(毛が太いのは山猫獣人だからかしら。ちょっと毛足が長くて豹柄なのがまた可愛い……)
彼女は少し毛が長いので、豹柄なのに今まで気が付かなかった。
(尊い……)
「特に不便はありません。元々辺境に配属されてましたし。ただ一点を除けば満足してます」
「うん?」
「この街、獣人用のサロンがないんですぅ!」




