純エルフコミュニティ②
──コツ、コツと前に出る私の靴音が響く。
すでに直されている壇上に、私は大きなホワイトボードを出した。
『まずちゃんと並びなさい』
エルフたちはガタガタ椅子を動かし、五列に整然と並んで座り直した。
『幼いエルフたちを、死なずに成人させる。今いるエルフたちも死なないようにする──後者は不可能です』
エルフたちは一斉に頷いた。
『ですが、子どもの教育に関しては、可能性は無限大です』
ホワイトボードに要点を書いていく。
エルフたちは一斉にメモ帳を取り出した。
『子どもたちが生き残るのに必要なのは、知識。先に挙がった課目も必要ですが、基盤となるのは知識です』
『いいですか、知識です。他種族の生き方、考え方を知るのは生存戦略として理に適ってます──エルフ同士の作法や生き方は、親やエルフ社会が教えることで充分です』
『なので、私としては他種族の道徳をエルフに当てはめるのではなく、知ることを推奨します』
ホワイトボードはどんどん埋まっていく。
エルフたちは真剣に話を聞いている。
『エルフ以外の道理を知れば、結果的に心理戦や謀略などの授業でより一層大きな効果が得られるはずです』
「なるほど、敵を知る──」
「総合謀略を学ぶための準備か」
「幼児だから、まずは知識からと」
「盲点だった……!」
『なので、他種族のやり方を真似るのではなく。エルフ以外がどのように考え、動くのかを知るための〈一般常識〉の講師を招聘するのが、生存戦略として効果的かと思います』
パチパチ、と拍手が起こり始めた。
エルフたちは興奮してまたワアワアと話し始めた。
あちこちで決闘の話が聞こえてくる。
私は壇上からホワイトボードを片付け、メイサの横の空いている椅子に戻った。
ローヤルが再び拡声魔道具を持ち、話し始めた。
『では、一般常識の講師招聘の可否を』
これは満場一致で可決された。
『では講師が選定され次第、幼年学校へ派遣します。私からは以上です。次は会場近郊の赤ちゃん情報です』
背の高い女性エルフが拡声魔道具を手に取った。
『赤ちゃん情報収集担当のデボラです。会場を出て、東に行った先の集落に生後三ヶ月未満の赤ちゃんが三名います』
会場がどよめいた。
「三名!?」
「え、同じ集落に三人……」
「帰りに行かなくちゃ」
「お祝いにちょうどいいものあったかな」
「赤ちゃん三人とかすごい」
『従来通り、新しい赤ちゃんの家の玄関先には黄色の花が沢山飾ってありますので、このあと各自訪問でお願いいたしますねー。赤ちゃんは男の子二名、女の子一名です』
「もう行ってもいい?」
「私はサランで買い物してから行く」
「もう行ってもいいんだよね?」
「よし、行こう」
「俺、赤ちゃん見たことない」
「私も! 親に教えてあげなきゃ」
会場はあっという間に空っぽになった。
「…………みんな赤ちゃん好きねぇ……」
私の呟きに、ミッチェルが真顔で答えた。
「だって、新鮮な赤ちゃんなんて滅多に見られるものじゃないでしょう」
「三ヶ月だけだもんね! 私も赤ちゃん見るの初めて!」
メイサが嬉しそうに叫んだ。
「私たちはもう少し後で行きましょうか」
「そうね」
「ねね、ジューンは新鮮な赤ちゃんを何人くらい祝福してるの」
「百は超えてるわね……昔はもっとエルフも多かったし」
「百! すごーい! そんなにいたら、名付け子が出たりしたー?」
会場の外で立ったままお茶を飲み、メイサの矢継ぎ早な質問に答えていく。
「自分では、一度もないわね。人のも見たこともない」
「ええー、やっぱり珍しいことなんだねー!」
「そうね、名付け親のいるエルフってほとんど居ないし」
エルフ社会における名付け親は、人間社会のものとは少し違う。
魔力名付けとも違う、エルフ特有の文化のようなものだ。
エルフは魔力感知能力に長けていて、それは赤ちゃん時代から発揮されている。
入れ替わり立ち替わり、エルフが訪ねて来て足を触られる。
わざわざ大人が魔力を発しなくても、赤ちゃんの脆弱な身体は大人のエルフたちが無意識に発している魔力に反応し、気持ち悪くて泣き叫ぶ。
つまり、赤ちゃんは近くにいるのが母親だろうと他人だろうと、三ヶ月泣きっぱなしなのである。
三ヶ月を過ぎれば自分で他者の魔力の影響を受けないよう、防衛出来るようになってくる。
そんな三ヶ月ルールであるが、稀に魔力が『合う』場合がある。
これは赤ちゃん自身と同質の魔力というわけではなく、『自分の邪魔をしないタイプ』の魔力のことを指す。
そういう魔力のエルフに出会った赤ちゃんは、泣き止む。
それが──エルフ社会での名付け親、名付け子の関係になるのだ。
(もちろん今まで死ぬんじゃないかってくらいにギャン泣きされたことしかないけれどねー)




