ローランのアラインさん
玄関横に据えてあるベルは錆びていて、音が出ず揺れただけだった。
「錆びてるじゃないの」
手を離して自分の手のひらを眺め、何もついていないことを確認していると……軋んだ音を立てて扉が開いた。
「誰かと思えば、貴女でしたか」
口調は穏やかで優しいが、顔は物凄い渋面だ。
まあ、気持ちはわかる。
私だってエルフが訪ねてきたらすごく嫌だもの。
エルフだって、エルフが訪ねてくるのは嫌なのだ。
「ちょっと通りがかっただけなんだけど……」
「……ほんとに?」
「ほんとなのよ、それが。私、あの山の麓にある屋敷に住んでて……」
「ほう? まあ、立ち話もなんだからどうぞ」
案内された室内は、外観とは裏腹に広々としている。
魔法で空間拡張をしているようだ。
(こういった建物への空間拡張は、難しいけれど有効なのよね。どう頑張っても倍以上の空間には絶対ならないから、万能でもないけれど)
閉鎖された時空庫は無限の可能性があるが、そうではない空間拡張には限界があるのだ。
風魔法、土魔法、植物魔法、重力魔法の四重混成魔法なので使える人は少ない。
大抵は二属性までしか扱えないから。
それでもローランのように土地家屋に制限のある地域には、ものすごく役に立つ。
「お邪魔します」
招かれざる客ではあるが、手土産は渡すべきだろう。
アラインは勇者チャンネルの放送を見る限り、そこそこ甘党のようだったから菓子がいいだろう。
「ヴィランテのチョコケーキよ、どうぞ」
「おお、悪いね。では……チョコなら火酒だな?」
「わかってるじゃないの」
揃ってはいないが清潔なグラスが出され、火酒が注がれる。
私はソーダ割にしてもらい、グラスを合わせた。
室内の窓際にはテーブル、椅子。
ほかは私が座っているソファーセットとローテーブルくらい。
無駄なものがないのは、典型的な時空庫持ちのレイアウトだ。
必要なものは全部時空庫というのはスッキリしているし、便利だけれど──フレスベルグのようにとりあえず突っ込んでいくような使い方をすると、ゴミ屋敷ならぬゴミ時空庫になってしまう。
「時空庫がない生活は考えられないわね」
私の言葉に、自分の部屋を見渡したアラインが同意するよう頷いた。
「全くだ。時空庫が無かったら生活すらままならないな」
「空間拡張は便利だけど、やっぱり時空庫の方がいいわね。何でも片付けられるし」
「自分の時空庫の中身を考えると、死んだらそれっきり消失するのはありがたいがな」
「ほかのエルフの時空庫とか怖すぎる」
「それがな、叔父が今まさにそういうのを研究してる……他人の時空庫に干渉できないかどうかを」
「へえ、面白そう。疑似時空庫が付与されたアイテムボックスには干渉可能だけど、時空魔法そのものに他者が干渉って今までなかったわね」
「は? アイテムボックスに干渉できるだと? 自作ではなく、他人の?」
「私はできるわよ。広める気はないけれど」
「他者のアイテムボックスに干渉できたら、世界の経済が崩壊しそうだから、是非もないな」
「叔父さんの研究はどうなってるの」
「はは、まだ机上の空論だ。干渉出来るはずだと言ってはいるが」
「成功したら殺されるんじゃない?」
「いや、成功の見込み時点でだろうな……」
私たちは頷き、それぞれ自分が飲むおかわりを作った。
「叔父は──その前は水中で暮らすと言って数百年湖底にこもってたから、そのうち飽きて違うことするんじゃないかと思っている」
「水中で」
「最初は呼吸だけ空気を送り込んで、水のなかで生活していたんだがな」
「ええ」
「皮膚がふやけてえらいことになって……」
「でしょうね……」
「結局、空気のドームを湖底に作って暮らしていたんだが。数百年して水中生活じゃないのに気が付いて、帰ってきたんだよ」
(どこの世界にもフレスベルグみたいな人がいるのねぇ……)
「ふふっ、そうなのね」
「今はこの先にある食料品店の裏の家で、中古で買い漁った持ち主を失って干渉不能になったポーチとかバッグをいじり回してるぞ」
「あ、ローランにいるんだ。エルフが三人って多くない?」
「まあ、二人も三人も変わりないだろ。エルフなんぞ一人いれば充分脅威なんだし」




