徹夜で滑りまくった日
滑って転んだであろうフレスベルグを見たくて、アマネがリビングを飛び出した。
「あ、アマネさ……あらあら」
アマネは廊下に自分が祭煉葛の粘液を塗り拡げたのを、すっかり忘れてしまったらしい。
リビングから、廊下へ──すごい勢いで滑っていくアマネと追従していったクリムゾンヘルファイア。
私、ミシュティ、ネコ美ちゃんは扉から手に汗握って見守ることにした。
廊下の端でようやく立ち上がったフレスベルグに子供と犬が次々と激突した。
フレスベルグは再度ひっくり返り、なんなんだよーという悲鳴が響き渡る。
悲鳴と笑い声が交差し、実にカオスな展開になっている。
だが、フレスベルグも慣れたもので犯人の見当までつけ始めている。
「絶対ジューンの入れ知恵だよな? こんな高度なバカみたいなこと──」
「違うよ、僕が集めた粘液と拾った卵で──」
「ああもう、わかった、わかった! やめろ髪に塗るなって」
「フレ兄、見て! スケートできるよこれ!」
「おお? おわぁ、滑るぅ」
フレスベルグとアマネは八メートルあまりの廊下を、滑って遊び始めた。
立ち上がるのは諦めたらしく、床にお腹をつけてペンギンのように滑ってくる。
「うわぁ、ヌルヌルじゃないの……」
「アマネさんが一番汚れてますね」
「お任せくだサい、この粉で掃除が出来まス!」
「クソ、アマネまだあるんだろ、出せ!」
フレスベルグは廊下の端で蹲るとアマネに蹴られて発射されてこっちに向かってくる。
そして私たちにヌルヌル粘液をぶちまけた。
「やったわね!」
私は転ばないようドアにつかまったまま、フレスベルグを蹴り返した。
「痛い、蹴りが強すぎるぞ」
「なによ」
せっかくなので私もうずくまり、ミシュティに蹴ってもらった。
ミシュティも覚悟を決めたのか、ネコ美ちゃんに蹴られてやってきた。
「意外と面白いじゃないの」
「……たまには子供のように遊ぶのもよろしいですね」
私たちは一晩中廊下を滑って遊び、笑い転げた。
たまにはこういう遊びも悪くない。
後始末はネコ美ちゃんに任せて、私たちはひよこ島で温泉に入ることになった。
残念ながらネコ美ちゃんのボディは転移に耐えられないので、そういう形になった。
「くっ、髪の毛のぬめりが……」
「もっと粉を揉み込まないとですね」
浴室で私とミシュティは髪と毛皮にせっせと粉を揉み込み、かなり時間をかけて落とした。
これはたのしかったが、後始末が大変だ。
柔らかな毛皮のミシュティが一番落とすのに苦労していそう。
湯殿を出ると、徹夜の目に朝日が突き刺さってくる。
無断外泊をしたうえに朝帰りをしたような、何とも言えない子供のような気分だ。
「飯、飯食おうぜ」
フレスベルグとアマネはクリムゾンヘルファイアと風呂に入り、すっかり綺麗になっている。
ミシュティが手早く用意したパンとオムレツ、トマトスープで食事をしながらフレスベルグとアマネの会話に耳を傾ける。
「学校に持っていきたい」
学校というのはカルミラ城で毎日行われている教育の場のことだ。
「ぐふっ、城ならもっと面白そうだなぁ」
「でももう全部使っちゃったから、また取りに行かないと」
「お? ならこのあと行くか!」
「うん、雷々鳥もいるよ。美味かった」
「雷々鳥かー、あれ唐揚げにしたら美味いぞ」
「! 行く!」
ミシュティがそっとアマネに土鍋を手渡した。
「お、土鍋か。アマネ、土鍋で飯炊けんの?」
「うん、出来る。おこげもバッチリだよ」
フレスベルグはアマネとクリムゾンヘルファイアを連れて、採取に行くと言って転移していった。
「…………」
「…………」
「ねえ、カルミラに黙ってヌルヌルにしたら……」
「雷が落ちますね……」
しばらくして食事の後片付けをしているミシュティに、私は声をかけた。
「今日からアルシアでの拠点を王都じゃなくて、ローランに移すわ」
「そうですか。ではローランのお屋敷の整備を改めてしておきます」
「よろしくね」
一度しっかり手入れはしてあるので、とくに問題はないと思うけれど。
温暖なアルシア側と違って、ローラン側は寒暖差が激しいので暖房器具だけは動くようにしておかなくてはいけない。
冬のように寒くはならないだろうけれど、一応。
「ごちそうさま。じゃあ、私はローランに行くわ」




