フレスベルグの新居
「そうちょっと傷を入れて……ほら出てきた」
大きな瓶をいくつか用意して、祭煉葛の蔓に切れ目を入れ、採集する。
最近雨が降ったのか、粘液量は多くて勢いよく溜まっていく。
「ちょっと臭いね」
「そうですねぇ」
私は背後からミシュティとアマネを見守る係だ。
(こっちの世界に来て半年くらいか。ここ最近のアマネはずいぶん印象が変わった……)
元々素直で人懐こさはあったが、どこか探るような……人の顔色を窺うようなところがあったアマネは、ケラケラと笑いながら瓶を確かめて回っている。
最近ようやく警戒を解いて、本来の気質が出てきた印象だ。
子供らしく欲望に忠実で、感情豊か。
どこか遠慮がちだった部分は、活発な好奇心で消え去ったようだ。
彼なりに、この世界で生きていく折り合いがついたのかもしれない。
(カルミラのところで使用人たちの子供と勉強している影響もあるのかも。オトナは子供を守れるけれど、同世代の友人には敵わないもの)
悪い変化ではないので、このままでいいと思う。
フレスベルグはミシュティから見たら放任すぎるようだが、自由を好むフレスベルグとアマネは兄弟のように楽しく暮らしているみたいだから、気も合うのだろう。
「ジューン、全部満杯になったよ」
「瓶の中に、直接龍の卵の殻を入れて混ぜちゃいましょう」
私は乳鉢を出して卵の殻を砕き始めた。
興味がありそうだったので、アマネにも予備の乳鉢を持たせる。
後始末用に、たくさん砕いておく必要があるのだ。
「ゆっくりやるのには理由があるのよ。摩擦で熱が起きないようにやるの」
「うん」
「ほんのちょっとの熱で台無しになる素材もあるから。あ、龍の卵は気にしなくていいけどね」
龍の卵は硬いので少し時間がかかったが、無事に細かい砂状になったのでスプーン一杯ずつ瓶に入れ、そこらに落ちていた小枝で撹拌する。
粘液はゆっくりと透明から薄い灰色に変化した。
「紫か緑になると思ってた」
アマネは灰色の瓶の中身を見て、呟いた。
「確かに地味な色よね。でも塗り拡げたら色が分からないのは良いことよ」
「確かに! バレにくそう。フレ兄は今日は冒険者ギルドに行ってて、帰宅は夕方って言ってた」
「よし、じゃあさっさとやっちゃいましょう」
除去には龍の卵の殻粉末を振りかければいい。
地面に落とした粘液を固形化し、掃除魔法で除去するところまで練習させたので準備万端である。
私たちが転移すると、メイドホムンクルスのネコ美ちゃんが玄関を開けてくれた。
本名はミクと名付けられたが、いつのまにかネコ美と呼ばれるようになったらしい。
私が初めて見た時には既にネコ美だった。
ミシュティ監督のもと、アマネが奥から粘液を塗り拡げていく。
私はネコ美ちゃんに、先ほど砕いた龍の卵の粉末を手渡した
「床のあのヌルヌルは、この粉末を振って固形化させてから除去すると良い」
「ハイ、ジューンさマ。コレは……子供のいたずら……でスね?」
「そう。これは他人が侵犯してきた訳ではなく……子どものイタズラだから、見守っておくのよ」
「かしコまりまシた」
ネコ美ちゃんは軽い足取りで、アマネの方に向かい瓶を持つ係になった。
完成した粘液はほぼ無臭になっており、塗った場所もヌルヌル感はない。
光を変に反射するわけでもないので、薄く塗り伸ばせば帰宅で油断しているフレスベルグに視認されないはず。
一応換気魔法で空気を入れ替え、私たちは唯一粘液を塗り込まなかったリビングでフレスベルグを待つことにした。
「そろソろお帰りになるはズでス……」
私は無骨な室内を見渡した。
何もかも石造りで、殺風景この上ない。
このフレスベルグの新居は、龍島スタッフの龍人ロペさんの紹介で決まった物件だ。
持ち主は龍人コミュニティ。
とにかく、物理的な力加減が出来ないのが龍人の子供。
そんな子育て世帯にコミュニティが貸し出している、頑丈さがメインのお屋敷だ。
(フレスベルグは龍人じゃないけど……アマネを育てるという目的が、龍人コミュニティにも受け入れられて良かった)
龍人は少ないだけあって、同族にはとても親切なのだ。
「ただいまー! うわぁぁぁぁぁ……」
(来た…………!)




