勇者の帰還、そして
「ジューン様、お疲れ様でした」
今日の朝食は山盛りのたまごサンドである。
そう、頑張った私へのご褒美だ。
(いつもよりたまごがいっぱい……)
「勇者問題も片付いたし、やっと肩の荷が降りた感じよ」
「帰還だけはジューン様以外不可能だと思います」
「魔法陣図があるから、安定した魔力供給さえ出来れば誰でもいけるのよ」
「うふふ、その魔力が他の人では難しいかと」
どの魔法陣にも言えることだが、注ぐ魔力が混ざっていないほうが安定する。
つまり、人数が増えれば増えるだけ不安定になるのだ。
一人で完結させられるならば、絶対一人でやったほうがいい。
「遅れちゃったけれど、アマネを本屋さんに連れて行かないとね」
「アマネさんは明日休養日らしいですよ。昨日クリムゾンヘルファイアさんをお風呂に入れに来た時に言ってました」
「こっちで洗ったら、ディーがいるから乾かした瞬間に汚れるのに……」
ミシュティが整えた犬洗い場が使いやすいのは認めるけれどね。
「勇者チャンネルは昨日パーティの様子を生中継してましたよ」
「でしょうね、エンディングには必要だもの」
「友人が撮影班にいるんですが、夢枕の儀式だけはジューン様が怖くて撮影に行けなかったみたいです」
「ええ? 確かに誰も来なかったけれど……怖くないのに」
「高嶺の花すぎて畏れ多いんだと思います」
「再現映像で何とかするんじゃない?」
「そう思います。私は是非拝見したかったのですけど……」
ミシュティが無念そうにエプロンのレースを握りしめた。
「うーん、夢魔の夢枕術は繊細らしくて人がいないほうがいいって言ってたわ」
「……夢枕術、受けてみたいです」
「頼んでみたことあるのだけれど、断られたわ」
「そうなのですか?」
「うん、自分より魔力が圧倒的に多い相手には無理なんですって」
魔法が万能ではないのと一緒で、固有魔法にも制限がある。
効果が強ければ強いほど、その制約も大きい。
何事も簡単に運ばないのが現実だ。
「なるほど……夢魔は魔力量の多い種族ですけれど、エルフはもっとですもの。納得です」
いつもより濃いめの珈琲を口にし、私は揺れるカーテンを眺めた。
島の潮風は気持ちがいいけれど、掃除魔のミシュティがいないとすぐに家中がベタベタしてしまうだろう。
口内に広がる苦味、ふわっと漂う香ばしい香り……勇者は辛い物や珈琲は好まなかったそうだけれど。
(毎回、帰還させたあとはほろ苦い珈琲の気分だわ)
直接会って話したことはないが、報告書を一年も見てきたのだ。
私にとって、勇者はどうでもいい人ではない。
呼んだのも帰すのも自分の組んだ魔法陣だからだ。
勝手に呼んでおいて、身勝手な言い分だけれど無事に戻れたようで本当に良かった。
あの帰還魔法陣は条件を全て満たして完了するまで、消えないよう設計してあるのだ。
魔法陣が消えたということは、固定座標に確実に生きて戻ったという唯一の証。
「あの勇者は、日本でどんなふうに生きていくのかしら……」
ミシュティが私の声に耳をピクリと動かし、こちらを見た。
が、独り言とわかったのか、黙ったままカップに珈琲のおかわりを注いだ。
この世界は弱肉強食で、優しくない。
でも、地球だって優しい世界ではない。
そこでどのように生きるかは本人次第。
(幸多い人生だといいな……)
私はこっちの世界での生活が長いから、どうしてもこっち寄りの考えになっている。
それでも地球人に結構親切にしているのは、自分と同郷だからかな。
自分で言うのもなんだけれど私は常識人のエルフなのだ。
異界人にも優しいのよ。
(でも、しばらく面倒事はごめんだわ)
ようやくスローライフが出来るんじゃないかしら。
私は立ち上がり、背伸びをした。
久しぶりにユーニウスと遠駆けに行こうかな。
どこかの草原で、思い切り走らせれば喜ぶだろう。
遊んでもらおうと近寄ってきたディーの爪が床に当たり、可愛らしい音を立てている。
「なあに、遊ぶの? そうね、久しぶりにボール投げでもしましょうか」
と言ってもディーは投げたボールを取りには行くが、欲張りなので返してはくれない。
なので、たくさんのボールが必要になる。
ちぎれんばかりに尾を振るディーを連れ、私は屋敷の外へ歩き始めた。
━第四章・完━
※第五章に続く




