夢枕、王城潜入
夜も更け、私は代理聖女に与えられた一室に転移した。
王城には一応高度な侵入防止魔法がかかっているが、エルフには問題にもならない。
そういうところが嫌われる一因でもあるのだが。
侍女が入ってくる可能性もあるので、姿は隠したまま待機だ。
廊下の気配を探ると、使用人たちも浮き足立っている様子。
(それは当然よね、宴のご馳走は使用人のお楽しみだもの)
たくさん用意される料理はほとんど手つかずで残る。
コルセットで締め上げられている女性たちは、物理的に食べられないし男性もそんなに食べることはない。
そもそも、皿を手に持つというのが貴族的によろしくない。
それでも大量に用意させるのは、ホスト側の威信のためだ。
それだけ用意できる財力、それを惜しみなく放出してもてなすのは招待客を大切にしている証になる。
余った料理は使用人へのご褒美というわけ。
少しだけ周囲が騒がしくなり、ほどなく着飾ったジーンが侍女とともに戻ってきた。
平民という設定ながら、魔王討伐のメンバーでもあるのでドレスは豪華で重たそうだ。
侍女が二人がかりでドレスを脱がせ、コルセットを外し簡素なワンピースに着替えるのに一時間以上かかっているが、ドレスとはそんなものだ。
(細く見える貴婦人でも相当体力と筋力がないと着こなせないから、貴族って大変よね)
ジーンが湯浴みの付き添いを断り、一人になったのを見計らって声をかける。
夢魔という種族は性別が定まっていないので、今のジーンは女性型だ。
普段は男性型なので、本来の性自認は男性みたいだけれど。
「あああああつっかれたー」
「お疲れ様」
「ドレスが重くて卒倒するかと思いましたよ」
「わかる」
ジーンはソファーに身を投げ出し、勢いよく水差しからグラスへと水を注いだ。
「ぷっはー、もう二度と着たくないです」
「わかる」
同じタイミングで勇者も部屋に戻っているはずだ。
おそらく勇者も疲れているだろうから、一時間後に様子を見にいけばいい。
「いやー、やっと終わるかと思うと感無量ですね」
「多分帰還よね。帰還条件でどうしても外せないのは魔法陣の起動は一回だけってところだから気をつけて説明してね」
「はい。勇者と犬が一緒に帰るか、犬だけ帰す場合は勇者は戻れなくなる……でしたね」
「そう。座標固定が一回しか使えないから」
「了解です」
ジーンはこれから女神として勇者の夢に侵入する。
私はその間、ハナちゃんを寝かせて勇者に幸運付与をかけて不測の事態に備え待機するだけだ。
魔法陣を展開するのは帰還か否か、勇者の意向を確認してから。
「ハナちゃんの方は完全に寝かせてからね。心配だから体力温存させておかないと」
「老犬ですもんね。でも元気だから大丈夫だと思いますよ。宴ではずっと骨齧ってましたし」
高齢のハナちゃんが興奮して騒ぐのは良くない。
本当は魔法を掛けるのも控えたいところだが。
「魔臓と魔脈がない世界の生き物って、干渉魔法も効きにくいのよねぇ……」
「そう考えると、姿は似ていても全く違う生き物なんですよね」
「そうね」
「まあ、エルフなら問題ないんじゃないんですか。いい感じで寝かしといてください」
ジーンは用意されていた軽食を食べ、一息ついてきちんと座り直した。
「生き返った気分です」
「でしょうね、コルセットは本当に地獄」
「ジューン様はコルセット要らないんじゃないですか?」
「いや、ドレスを着るなら必要」
カチっとしたシルエットを出すには、コルセットが必須。
ダンスの時に男性の手が添えられるので、肉感を与えてはいけないという貞操的な意味合いもあるのだ。
貴族文化は地球と似ているが、全く同じでもない。
何万年という長い間、あまり変わっていないのが貴族の生活スタイル。
平民の暮らしのほうが変化に富んでいる。
「そんなものですか? 人間って面白いですね」
「魔界ではドレスでもコルセットはつけないものね」
「まあ、私は男性でいることが多いからドレスなんて普段着ませんし……あ、そろそろ行きます?」
「そうね」
ジーンは立ち上がり、身体を伸ばした。
男性である勇者の部屋は別棟にあるので、姿を隠しながらゆっくり歩いていく。
いきなり転移しないのは、どういう状況なのか未確認だから。
索敵魔法で調べてもいいのだけれど、勘付かれたら厄介だ。
先ほどまで使用人が忙しなく行き来していた回廊は、静かになっている。
所々、騎士が配置されているだけなので通り過ぎるぶんには気付かれない。
「さて、行きましょうか」




