勇者、アルシアへ
「明日、勇者がアルシアに着くわ」
私を呼び出したカルミラが、気だるそうにそう告げた。
勇者はあちこちで歓待され、予想より少し遅れて到着するようだ。
「五十日近くかかったわね」
「そうね、寄港先で数日足止めされなければ三十日くらいだったのにねぇ」
「まあ、お祝いだから仕方ないんじゃない」
「そうね。それでね、アルシアの王城に潜入している者からの情報だと、三日後に大々的な宴と城下町でのお祭りが開催されるみたい」
「帰還魔法陣の準備は出来てる」
「そう。それを聞きたかっただけ。三日後、夢魔のジーンが勇者の夢に入るから、同行して」
「わかった」
カルミラの要件は、勇者とハナちゃんを帰還させることだった。
魔王討伐を終えた勇者には、この世界か元の世界を選ぶ権利がある。
どちらを選んでも、特大の幸運付与を施されるので不幸な未来はないと考えていい。
と言っても嫌いな人を排除したり、好きな人と結ばれるといったような他人を操作するような効果はない。
それは本人が努力すべきことだ。
幸運付与は大怪我するところを軽傷で済んだとか、前日勉強した内容がテストに出るとかそんな程度だ。
それでも無いよりは遥かに生きやすくなるはず。
(夢の中に一緒についていくことは出来ないから、ジーンが夢枕を終わらせるまでは護衛しつつ待機ね)
予想では王城の一室に勇者が泊まることになる。
私は帰宅後に城内の見取り図をもう一度確認することにした。
「うん、多分転移当初に与えられてた部屋ね」
ハナちゃんも一緒のはずだが、騒がないよう睡眠魔法で眠っていてもらおう。
耳も目も悪い老犬だけれど、犬は犬……知らない人が来れば絶対に知らん顔はしてくれない。
「今回はパーティには参加されないのですか? 王子殿下は絶対ジューン様をパートナーにしたがると思ってましたけれど……」
ミシュティがモップを片付けて、エプロンを外してからそう言った。
「特にお誘いはないわね……そもそも、第五王子殿下はローランの旧貴族の令嬢と婚約する予定だったから、その令嬢と参加するんじゃない?」
「そうですか。なら、王城には隠密で潜入ですね」
「そうなるわ」
フランツからの情報を総合すると、ローランに縁がある王族は王妃、第二側妃とその子供たち。
王妃と第二側妃は従姉妹同士。
第一側妃だけがアルシア王国の貴族家出身である。
第二側妃の子である殿下がローランの旧貴族と政略結婚するのは当然ということだ。
(政略結婚に、当事者の意見なんて反映されないしね)
確かに熱心に口説いてくださってはいたけれど。
私自身が人間と恋愛するイメージがわかないので、殿下が誰とパーティに行こうが、気にもならない。
それよりもフェンリルのニーヴをまた太らせてしまうんじゃないか、という心配のほうが大きいかも。
「とりあえず三日後にジーンの手が空いたら潜入しようかな」
「ジーン様もお忙しいでしょうね。代理聖女として討伐に参加した手前、パーティ不参加というわけにはいきませんし……」
「そうね。ジーンに与えられた部屋に行って、そこから勇者の部屋に侵入することになると思う」
ミシュティが納得したように頷き、挨拶をしたあとセシリアの教育のために転移していった。
「恋愛か……」
人間や獣人を親に持つエルフは珍しいけれど、いないわけではない。
エルフだって恋はする。
他種族との恋愛が出来ないわけではないのだ。
ただ、子供まで……というのは大抵の場合、父親がエルフ。
子はエルフか、相方の種族のどちらかで生まれるが──何故か高確率でエルフにはならない。
他の組み合わせでは半々の確率なのに、エルフだけは異様に他種族との間にエルフが生まれにくい。
なので女性エルフが他種族の子を産むことは、まず無いと言っていい。
少なくとも、私は聞いたことがない。
一生のうちに一回か二回しかないであろう出産のチャンスを他種族と行うのは、ギャンブルのようなものだから。
(もちろん、本当に恋愛してる人もいるんだろうけど……)
女性エルフがあまり他種族と恋愛しないのは、本能的なもの。
せっかく産んだ我が子が、短命種だったら百年やそこらで居なくなってしまう。
それを回避しているんだと思う。
(だから私もそういうのにイマイチ興味がないのかもしれないわねぇ……)




