マサオの悩み
彼らが帰って一時間。
アマネだけがもう一度戻ってきた。
「……なるほど」
アマネが手にしているのは、私がステファニーの古書店で買い与えた雑誌だ。
『月刊死霊通信限定版・君もゴーストタイプの魔光剛蟲を呼び出せる!免責指定許可12227』
付録の琥珀に入っていた卵を取り出したのはいいが、説明書によると孵化させるには十年〜百年ほどかかる──もっと早くならないか?というのがアマネの訴えだった。
「卵は魔法でちゃんと取り出せたんだけど……長すぎるよー」
「普通の剛蟲は三年くらいで孵化するけれど──付録の幽玄剛蟲は半分幽体だからじゃない?」
「魔法で加速できないかと思って。フレ兄はジューンに聞いてこいって」
私は添付の説明書を読んだ。
フレスベルグめ、丸投げしたな。
だが加速しない方がいい、絶対。
「十年から百年という幅は、卵の潜在能力に応じている。強ければ強いほど時間がかかる」
「うん」
「魔法で時間加速しない方がいいのは、ちゃんとした理由があるわ」
「そうなの?」
「植物を例にすると、加速で実らせたものは姿こそ変わらないけど、風味は薄い」
「うん」
「成長するプロセスを早回ししてしまうと、普通に育てたものより品質は下がる。動物もそう」
「蟲も?」
「そうよ、普通に育てれば強い蟲が、加速によって本来の能力を発揮できなくなるリスクがある」
「!」
「だから時間はかかっても、毎月ちゃんと卵に魔力を与えてゆっくり育てたほうが絶対強くてかっこいい蟲になる」
「わかった!」
「十年を超えてきたら当たりの卵と思えばいい。孵化にかかる時間が長いほど、強いから」
納得したアマネはミシュティから蟲卵を入れるかっこいい箱を貰い、ウキウキしながら帰っていった。
転移もスムーズで、魔力も安定している。
ひよこ島と自分の家しか転移先に選んではいけないルールもちゃんと守っている。
「なんで剛蟲卵を入れる孵化箱を持っていたの?」
私の質問に、ミシュティははにかみながら答えた。
「先日買い物に行った時に、きっと必要になると思いまして買っておきました」
ミシュティがアマネに与えた剛蟲孵化箱は、黒龍の革張りでものすごく禍々しい雰囲気だった。
が、内張りには妖精の涙に浸した木乃伊の布が使用されており品質は高い。
幽玄剛蟲にはぴったりのチョイス、さすが有能なミシュティである。
「確かにフレスベルグのお下がり孵化箱よりは幽玄剛蟲の性質に近くて、いい箱だったわ」
「アマネさんはすでに珍しいデストロイヤーさんを飼ってますけど、孵化は初めてでしょうから」
「そうね、じゃラーメン屋さんにいきましょ」
店の前につくと、店主のマサオが丁度のれんを下げているところだった。
「あら、終わっちゃった?」
「あ、ジューン久しぶり。今日はもうスープが無くなっちゃって。でも二人分なら賄い分でつくれるよ。入って入って」
「いいの? ありがとう」
私とミシュティは席につき、ヤサイマシマシのラーメンにありつくことができた。
マサオも向かいに座り、賄いのラーメンを食べ始めた。
私達が座っている場所以外はバイトさん達によって掃除が行われている。
「うん、美味しい」
「それはよかった」
マサオの顔は浮かない様子。
「どうしたの」
「お店は盛況、文句なしなんだけどさぁ」
「うん」
「男の子はともかく……こっちの若い女の子が力持ちで体力あって自信なくしてる」
「こっちの世界の子ってこと?」
「そう」
マサオはしっかり筋肉のついた自分の腕を眺め、ため息をついた。
「それは仕方ないと思う。魔臓があるかないかの種族差だもの」
「と、言うと?」
マサオが興味を惹かれた様子で顔を上げた。
「魔法を使うための魔力は、そこらにあるわけじゃなくて本人の魔臓から作られる魔力ってのは知ってると思うんだけれど……」
「うん」
「魔臓がある者は、無意識に身体機能を底上げしてるの。魔欠け、つまり生まれつきや事故で魔臓を失った人はそうじゃない。元々魔臓がない転生者も」
「ああ……そうかぁ、魔法か」
「なので種族差と考えたほうがいいわ」
身体強化された女性と、普通の男性だと女性の方が頑丈で力持ちなのは当然。
昔から魔欠けが長生きじゃないと言われるのは、魔法で補完することができないからだ。
「クマ獣人と猫獣人の腕力だって全然違うでしょ?そういうものよ」
「なるほどねぇ……」
残っていたスープはこってりしていて美味しかったが、私とミシュティは帰宅後に胃薬の世話になることになった。
美味しかったけれど。




