ヴェラとフレッド
アルシアの王家御用達商会、フレッド商会。
いくつかの大陸を跨ぎ、手広く高級品や珍品を扱っている。
勇者上陸まであと数日と忙しない時期であったが、会頭のフレッドが王都の屋敷を訪ねてきた。
自分が譲った屋敷に不具合がないか、確認しに来たのだ。
だがそれは表向きの理由。
本当の目的は……ホムンクルスであるが人間の身分を持たせてあるヴェラとの出会いを、不自然じゃなくなるように演出する為だ。
いずれこのヴェラはフレッドに見初められて嫁に行く。
ただ、その時実際にヴェラとして動くのは人間であるセシリアという女性。
その時点でホムンクルスのヴェラの役目は終わる。
役目を終えたヴェラは、そのままレスターの屋敷でメイドホムンクルスとして再利用される予定だ。
「ほう、この絵は……」
玄関ホールで足を止めたフレッドは飾られた絵に見入り、近づいた。
「いい絵でしょう」
「……なんとまあ、とんでもない絵をしれっと飾ってますなぁ」
フレッドが感嘆した大きな絵画は『雨粒と』と題された、室内から見た窓を伝う雨粒とその奥にぼんやりと女性の姿が浮かぶものだ。
遠くから見れば外に女性が佇んでいるように見えるが、近くで見ると見えなくなる。
「ふふっ」
「サインも本物。彷徨える鬼才、ヒューゴー作じゃないか」
「いい絵でしょう?気に入ってるの」
「でしょうな。ヒューゴーの作品は没後は更に高額になってますから、資産としても価値がある」
ヴェラに上着を預けたフレッドは、そこで本来の目的を思い出してマジマジとホムンクルスの顔を見た。
「これが例の『ヴェラ』……なるほど、セシリアの顔だな」
赤紫の髪を後ろで束ねたヴェラは、静かに礼をして上着をハンガーに掛けに行った。
客間に通されたフレッドは感心したように呟いた。
「化粧で雰囲気を変えた後のセシリアか。素晴らしい技術だ」
「セシリアの身代わりホムンクルスの方が凄いわよ。まだ途中だからお見せできないけれど」
「そこは期日さえ守っていただければ問題ない。ああ、母から貴女にこれを」
「あら。ヘレナさんの妹さんのパウンドケーキね。前にいただいて美味しかった記憶がある」
「叔母は今こっちに来てるんです……どうも母が呼び寄せたようで。帰ったらジューンさんのお屋敷に美人のメイドがいたと、さっそく吹聴しておきます」
「フフ、いまからしっかりアリバイ工作しておかないとね」
ヴェラが淹れた紅茶は美味しく、それを飲んだフレッドがどことなく不安そうな顔になった。
「セシリアがこのレベルに……なる……のか?」
じっとカップを眺める男に私は微笑んだ。
一体何を心配しているのかしら。
「大丈夫、ミシュティのレッスンを受ければいける」
「あのほんわかしたミシュティさんがねぇ……」
「ほんわか、ですって?」
確かにほんわかしてる……気はする。
そうね、ほんわかしてる。
ミシュティはほんわか系メイド、うん。
「淑女としてある程度仕上がってれば、母も文句は言わないと思うんですがね……」
「まあ、やらかした事実は反省してるし頑張るんじゃないの」
「だといいんですが」
私はおバカなセシリアを思い返し、首を振った。
あのままなら、遅かれ早かれ高位貴族から排除されて死ぬ。
でも、頑張れば助かるのだから彼女はやっぱりヒロインだわ。
「来月からミシュティのレッスンが始まるように調整しておくわ」
「よろしくお願いします」
「ああ、私がいなくても『ヴェラ』には会いに来ておくといいわ」
フレッドは機嫌よく帰った。
ヴェラの回路は魔界で流通している一般的ホムンクルスメイド回路だ。
専門的な議論は無理だが、雑談は得意だからフレッドの話し相手くらいにはなるだろう。
「よしよし、これで憂いなし」
気になっていたのに後回しになっていたヴェラのことを、フレッドに引き継げたので私は安堵のため息をついた。
もうやるべきことは勇者を出迎えることだけ。
「あ」
忘れてたわ、アラインにどこか隙を見て来るように手紙を出さなくては。
私は急いで手紙を飛ばし、返事を待った。
すぐに返事が来て、それを追うようにアラインの淡い魔力が滲み始めた。
「え、いま来る感じ?」
呼んだのは私だけども。




