エルフにだって休養は必要
「ストレスだな」
「ストレス」
私は目の前の男の言葉を鸚鵡返しにした。
「うむ。魔力が微細に振れておる」
「そうかしら」
「微々たるものだがな」
素材の買い付けに来た私は、店主のエルフに自分の異常を教えられた。
私より年上のこのエルフは薬師でもあり素材収集家でもある。
「最近緊張状態が続いているとか、忙しいとか」
「……思い当たるかも……?」
「普段より振動が細かい。そういう時はうっかりやりすぎたり、妙に行動的になったりするからな。少し休め」
魔力は常に揺らいでいるものだが、落ち込んでいたりするとゆっくりになる。
細かく震えるのは興奮気味の時だ。
「いや、まだそこまでじゃないな」
「そう……ならおとなしくちょっと休養しようかな」
「それがいい」
店主は購入した素材を丁寧に薄い紙に包み、私の方に押しやった。
「ありがとう」
(そんなに疲れてないと思うのだけれど。先達のアドバイスには従っておくか)
自堕落な生活は得意だ。
私はいそいそと酒屋でお酒を買い込み、ミシュティに『数日デジュカに行くけれど、誰にも言わないように』、と手紙を送った。
現在のデジュカ行きの龍便の最寄り駅はローランだったので、転移で駅まで向かう。
「ローランで休んでもいいんだけど……レスターが来そうだから無しだ」
デジュカの自宅なら、誰も知らないからゆっくり出来るだろう。
エルフの師匠というかお姉さん的立場の人から譲り受けた小さな集合住宅だが、都心の閑静な場所にあって便利なのだ。
デジュカに到着し、駅から中心街へ向かう。
相変わらず観光客が多いけれど、よくあるボッタクリの土産店などはない。
人通りが多いわりには静かだ。
私が個人で持った家のなかでは一番古いこの家は三階建ての二十四部屋の集合住宅の一室。
一階部分の庭付き南角部屋が私の部屋である。
換気のために窓を開け放し、ホコリ除去のため衛生魔法をかける。
リビング、キッチン、寝室、物置部屋しかないけれど場所を考えればすごくいい立地なので今買おうと思ったらすごく高そうではある。
築一万四千年だけど、不壊魔法がかかっているので綺麗なままだ。
北側の三階部分は住人同士の揉め事で一度吹き飛んでいるけれど、きちんと修繕したから問題はない。
まあ、若気の至りというやつだ。
その時の喧嘩相手はまだ三階に住んでいる。
「ふう」
私はソファーに腰掛け、部屋を見渡した。
壁も調度品も白が基調で、ラベンダー色のラグとカーテンがアクセントになっている。
これは私の趣味ではなく、先住人の揃えたものだ。
処分する理由もないし、大切な思い出でもあるからそのまま使っている。
「はぁ~……この米酒美味しいわ」
物置部屋にはエルシーダの遺品がまだそのままになっている。
これを機に整理してみるのも悪くない。
帰る途中で買ったいくつかの新聞に目を通しながら、最近のデジュカ情報を収集する。
(魔界にはテレビが普及してるけれど、無いとちょっと寂しいわ)
無いものは仕方ない。
他の大陸では普及しなかったのだから。
魔界は狭いし、長命の暇人が多いからかな。
ほかの大陸の人々は生きていくのに忙しいから。
私は立ち上がり、開いていた窓を閉めた。
ざわめきから切り離され、静かな空間は新聞をめくる音だけ。
「天空博物館に怪異……またおかしなことを」
記事を読み進めると、郊外にある天空博物館から最近夜な夜な女の泣き声やうめき声がすると言う。
これはタブロイド紙だから、眉唾ものね。
読んで面白いのは確かだけれど、鵜呑みには出来ない。
私はパサっとタブロイド紙をたたみ、次の新聞──日刊デジュカの風に手を伸ばした。
「ん? 天空博物館警備員が行方不明……」
さっき記事も天空博物館だったけれど。
「警備員のユイノさん(177)が数日前から行方不明……家族には仕事に行くと言って出かけた──ふうん、昨日捜索願が出されたと」
まだ若いし、自分探しの旅に出たんじゃないかしらね?
デジュカも比較的長命種が多いから、そんなに事件は起こらない。
魔界より穏やかな種族ばかりだし。
「エルフ以外は」
問題はエルフだ。
世界的に見て、エルフはデジュカ大陸に多く住んでいる。
全エルフの六割はデジュカにいると思う。
あまり他種族と関わることは無いけれどね。
エルフが高濃度で存在している──そこが一番物騒なところだ。




