《100万PV記念》鬼とエルフの珍道中・後編
はぁ、と私はため息をついた。
「魔核を破壊する時に、魔力の衝撃波が起きるのは分かってるわよね?」
「ああ。魔核の内包魔力によって、規模は増減する」
「ダンジョンコアは魔核。その内包魔力は計測不能」
レスターは無表情で頷き、思いついたように呟いた。
「しかも怨嗟と悲嘆のオプション付き。特級呪物と言っていいな」
私は今日何度目かわからないため息をついた。
「そう気落ちするなって。鬼里の米酒分けてやるからよ」
「もう。絶対だからね! 約束したわよ」
私はコアの前に立ち、一歩下がれば転移陣を踏めるように魔法陣を調整した。
──コアの魔力が収束していく。
明らかに私たちを、認識している。
こいつらは敵、と。
「さて、壊すのは私がやる」
「はぁ?」
レスターは間抜けな声を上げた。
「特級呪物と言ったわね」
「ああ」
「鑑定は通らない。見るからに呪われそう」
「ああ」
私はコアから一歩離れ、レスターの方を向いた。
「物理的攻撃を受けた場合、私よりあなたの方が防衛に向いてる。でも、魔法耐性なら私に軍配が上がる」
「…………」
「呪いはどっちかって言うと、魔力ね」
「そうだが、納得はできんよ」
レスターがゴネたので、破壊は物理でレスターが。
魔力部分は私が処理と言うことで、ひとまず話がついた。
ダンジョンコアは漏れ出していた魔力を収束させ、静かにそこに在る。
触れたら爆発しそうな、濃密な緊迫感。
(私が一番嫌なパターン。予測が立てられない相手って本当に嫌いだわ)
いや、予測は複数立てておけばいい。
でもこのコアは未知数の部分が多すぎて、予想外の展開になるリスクが高い。
レスターからダンジョン探索の話が来た時、考えられる全ての結末を予測し、対策を立ててはある。
想定外が無いと信じたいところだ。
「おい、なんでジューンがそんなにガチガチの身体強化掛けてるんだよ」
剣まで構えた私を見て、呆れたようにレスターが笑う。
「念のためよ。可能性を考慮してるの」
私は自分にこれ以上は無理、というところまで身体強化を施した。
続いて、自分とレスターの魔法耐性を限界まで高める。
ついでに、解呪効果のあるアクセサリーもジャラジャラと装備しておく。
(レスター……鬼は元々身体能力が高いから、まあ大丈夫でしょ)
私がこの小部屋に崩壊防止の障壁を張っている間に、レスターも準備を始めた。
その魔力が身体を巡り、筋肉が盛り上がっていく。
丸見えなのは道中で邪魔になった上半身の服を脱いでしまったからだ。
ヒュ、と白刃が軌跡だけを残してコアに吸い込まれていく。
(あっ、マズい──)
十センチ余りの小さなコアは、レスターの刀を拒んだ。
半ばまで食い込んだ刀を離さず、驚くべき速さで黒紫の炎のようなものが刀身を這い上っていく。
私が一歩踏み出し、剣を振り上げるまで数秒もなかった。
(やはり呪いだわ! 間に合え、間に合って──)
呪はレスターの手首に到達していた。
私はレスターの前に回り込み、迷うことなく剣を振り下ろした。
コアとレスターの肘から先が、禍々しい炎と共に宙を舞う。
それが数メートル離れた床に落ち切る前に、私は渾身の力をもってレスターを突き飛ばした。
──体勢を崩したレスターが足をつく先は転移陣しかない。
「おい、ジューン……」
驚いた声だけを残し、レスターは転移陣に飲み込まれていった。
(転移先の家には最大級の解呪と治癒魔法陣が敷いてある。レスターが助かる可能性は大きい)
呪いは肘まで到達していなかった。
肋骨くらいは折っちゃったかもしれないが、命を落とすよりはいいだろう。
私は少し離れた場所に落ちたコアから、さらに距離を取った。
コアの呪いはレスターの肘先を覆いつくし、プツプツと音を立て泡立っている。
やがて、大刀とレスターの一部だった物は崩壊し、消え去った。
「やれやれ、嫌な方の予想が的中しちゃったわね」
(転移陣で逃げるのは下策。これは外に出してはいけない)
私は足先で、そっと魔法陣を崩した。
暴走状態のコアが、万が一にでも転移陣で外に出たら困る。
そのために、地面に焼き付けずに消せる転移陣を描いたのだ。
「さて」
私は増幅機能のある杖を取り出した。
レスターに大きく傷付けられたコアは、万全ではない。
──そこに勝機がある。
私の魔法陣で成仏させてあげられなかった哀れな魂よ、今度は永遠の安寧を贈るわ。
「本当に、ごめんなさい。もうさよならよ」
私の魔力がコアを包み込んでいく。
かなりの反発があるが、純魔力量では私が圧倒的に勝っている。
コアは軋み、悲鳴にも聞こえる振動音を発した。
(重力魔法で圧力をかけ、破壊するのが最適解)
派手な立ち回りは何もなく……コアは転がっているだけだし、私もただ立っているだけだ。
が、コアと私の攻防戦は激しいものだった。
純魔力同士の戦いは、どうしてもこうなってしまう。
(地味すぎて、簡単そうに見えちゃうのよね……)
実際は集中力と精密な魔力操作勝負。
私は強いし、魔力操作においては誰よりも上手いという自負がある。
けれど、このコアは私でも油断ならない強敵。
最終的に私も呪いを受けることになるだろう。
「単純な話よ」
私は物言わぬコアに話し掛けた。
「レスターはあなた達を救おうとした」
ビリビリと空気を震わせ、コアが黒炎を噴き上げる。
「でも、レスターは呪い相手に生き残れないかもしれない」
私とコアの攻防戦は長時間に及んでいる。
コアは二つに割れたが、やめる気は無さそう。
「でもね、私なら生き残れるの」
私は更にコアに高圧をかけていく。
震えは止まり、黒炎はかすみ、靄のように漂っている。
「良くない予測が当たったのは残念。でも、最悪ではない」
私はコアに優しく話しかけた。
「私はエルフだからね。あなたに殺されることはない。もう、誰も殺さなくていいのよ」
音もなくコアが砕け散る。
物質的な枷がなくなった事により、黒紫の呪いそのものが私に押し寄せてきた。
「しばらくは付き合ってあげるわ」
そう言う自分の声を聞きながら、私の視界は暗転した。
意識が戻った時、私は相変わらず小部屋にいた。
倒れてはいたけれど。
(目は見える、思考も明晰──身体は重いけど、一応動かせる)
だが、全身めちゃくちゃ痛い。
ゆっくりと体を起こして座ったままボディチェックをする。
「うわぁ……」
呪いはしっかり仕事をしており、私は紫色の水ぶくれに覆われていた。
肩から上だけ無事なのは、そこで侵食が食い止められたからだろう。
(さすがエルフの身体と言ったところかしら。これは根気よく解呪していくしかないわね)
状況は良くはないが、想定よりはずっとマシだった。
ありがとう、エルフの身体。
食料もたくさん用意してあるし、本も大量に準備してある。
文字通り空気を産出する『空気草』の鉢植えをたくさん並べたので、呼吸に困ることもない。
これは、無酸素地帯や水中活動用に使用される丸薬の素材でもある。
素材のまま置いておいても、私一人分くらいなら充分。
今からは、解呪しつつ時間を潰すだけの簡単な作業。
呪いは僅かに私の魔脈に干渉しているようで、解呪の魔法陣がうまく描けない。
何度か手直しをして、ようやく仕上がった魔法陣に身を横たえて私はのんびり過ごすことにした。
天井を見つめながら、独り言。
「痛み止めをいっぱい持って来たのは大正解だったわぁ」
◆
そこからかなり時間が経ち、私の身体はすっかり元通りになった。
そろそろ外に出てもいい頃合いだ。
小部屋の障壁はそのまま。
ボス部屋からここに飛び降りてきた穴は、瓦礫で塞がっている。
コアの消滅と共に、ダンジョンが崩壊したからだ。
つまり私は地中深くに埋まっているというわけ。
「転移で出るか、穴を掘って出るか……いったい何年ここにいたんだろう?」
転移はちょっとハイリスク。
ここに引きこもってた時間が長過ぎて、転移先の周辺情報が古いと思うから。
ここはダンジョンコアが目指していた進路に掘り進むべきね。
(斜め上方向に行きましょう)
私物を片付け、身を清めてから清潔な衣類に着替える。
少しだけある床の傾斜を再度確認し、私は魔法で横穴を掘り始めた。
歩けるように、緩やかな坂道を黙々と掘り進む。
「!?」
体感で一キロメートルを超えたあたりで、急に魔法が空振りになり目の前にひらけた空間が現れた。
「よう」
そこにいたのはレスターだった。
「やだ、あなたここに住んでたの?」
周囲を見渡すと、掘っ立て小屋が建っている。
「出てくるならこのルートだと思ってな。地上までの道は掘ってあるぞ」
「あら、手間が省けたわ」
地上までの道のりを、その後どうなったかの報告を話しながら進んでいく。
レスターは飛ばされた先の回復と解呪魔法陣で、全快したそうだ。
腕も復活しているようで何より。
その後はルートを予想し、あの場所で待機していたとのこと。
「442年だぞ」
「え、結構経ってるのね」
四百年も経っていたとは、正直ちょっとびっくりだ。
ダンジョンが崩壊したことで、近くにあった小国家の経済バランスが崩れて衰退してしまったこと。
レスターがその後、穴を掘って私を待っていたこと。
私が呪いとどうお付き合いしてたか。
長い間どう過ごしていたかなど、話題は尽きることがない。
「問題はだ」
レスターが笑いを含んだ声で言った。
「ホーネル……あのコアは確かにリーダー格で頭が良かった。だが」
「うん?なに?」
「あいつは戦闘能力が最強だったわけじゃない」
「それってもしかして……」
「もっと強いコアもある」
強い風が吹き込んでくる。
痛いくらい冷たい風……外界までもう少しというところか。
「やめてよ! もうやらないわよ!」
外の空気が頬に触れ、ようやく一息つけそうなのに。
私の叫び声と、レスターの笑い声が反響する。
程なく私たちは外に出た。
一面の雪景色。
来た道を埋め、そこに振り積もる雪をしばらく眺める。
もう、何もなかったように銀世界だけが私たちを包んでいく。
「鬼里に行くか? 奢るぞ」
「ふん、破産させてやるわ」
─fin─




