《100万PV記念》鬼とエルフの珍道中・前編
いつの間にか達成していました。
読者様に感謝です。
100万PV記念回は本編ではなく、過去編になっています。
「で、どうする気?」
私は刀の手入れを始めたレスターに、話しかけた。
「どうって……やるしかないだろ」
素っ気のない短い返事に私はため息をつき、魔導焚火の上の鍋をかき混ぜた。
(破壊の前に転移陣を敷く、あと必要な準備は……)
現在、私とレスターはダンジョンの813階層にいる。
最深層手前のボス──龍体メインのキメラを倒し、休憩中という状況だ。
鬼族最強と謳われるレスターと、種族自体が災厄と呼ばれるエルフからしたら、ボスなど赤子の手を捻るようなもの。
レスターだけでも余裕だったんじゃないかしら。
……にも関わらず、私達が緊張しているのにはちゃんと理由がある。
七百年前に、私とレスターは世界中に数十個の神族の魔核を地中深く埋めた。
それがダンジョン形成の核になったのは良いとして。
問題は、今居るこのヴィランテ大陸のダンジョン近くに人間が国を作ってしまったことだった。
世界中に形成された『ダンジョン』は、希少なアイテムを生成する。
これは既に人間社会で認知されている。
彼らは果敢にもダンジョンに挑み、アイテムや素材を持ち帰り経済活動に探索を組み込んだ。
もちろん、生還率は高くない。
故に、ダンジョン産のアイテム類には高い価値がついている。
「埋めた時はただの雪原だったのにねぇ」
レスターは、無言のまま私の言葉に顔を上げた。
刀を鞘に納めて焚き火の前に陣取ると、鍋のスープを覗き込んだ。
「美味そうだ。まさかこの地に人間が住み始めるとはなぁ、俺も想定外だった」
「たった数百年でダンジョン目当ての集落が国になるなんて、びっくりよね」
「規模的には小さいが、交易のために国家という盾が必要だったんだろ」
「ああ、ダンジョンの素材とか ? まあ、小国家と言ってもフィアン教の総本山がバックにいるから成り立ってる感じよね」
「神殿も金が欲しいんだろうよ」
私たちはスープを飲み、ダンジョンコアのある最深層でどうするか最終打ち合わせを始めた。
「遺憾ではあるが、破壊もやむなしだな」
レスターは悲しげに大きなため息をつく。
「そうね」
──このダンジョン、他と違って横に階層を広げ始めてしまっている。
他のダンジョンも見て回ったが、全て真下に伸びていく構造だ。
近くに人間が住み始めてから急速に階層が増え始め、人里に向かって伸び始めている。
全体としては、釣り針のような形状。
450階層あたりで横ばい、500階層を超えたあたりで斜め上に伸びていってる。
それ以降伸びている方向は変わらずだが、そこが大問題なのだ。
このダンジョン、小国家の首都真下を目指している……。
というのが、レスターと私が出した結論だ。
「ホーネルはなんというか……知能指数が群を抜いて高かったのと、メイン素体となった魔物の影響で頑固かつ執念深い」
「ああ、神族のリーダー的存在だったものね。付け加えるなら、責任感も強かったと」
「そこが問題になってるんだよな……」
レスターが再びため息をつき、ダンジョンコアの性質について語り始めた。
ホーネルというのは、神族のうちの一人の名前だ。
書類にはNo.229とだけあるが、コミュニケーション可能なタイプだったのでレスターは彼もしくは彼女の『名前または家名』を知っている。
「コア自らが人間を狙いに行ってるとしか思えん」
「明らかに進路が国を狙ってる感はある、確かに」
私たちが困っているのは、ダンジョンコアが『人間の国』を目指している点だった。
神族を作り、使役して苦しめたのは魔族だ。
人間は、毛ほども関与していない。
(人間は明らかに神族と同じく犠牲者側なんだけどな……)
こん、と音が鳴る。
レスターはカップを地面において腕を組んだ。
「神族の魂は異世界のヒト族のもの。俺としては、コアがヒトだった頃の思慕で人間に近づいているのか、この世界を滅ぼすためなのか判断しかねている」
「私は後者だと思う。コアは自立思考して動いているわけじゃない。当時の残留思念で活動してると見るべきかと」
考える能力があるなら、どういう意図であってもヒトには近寄らないと思うのよね。
神族の敵は、メア大陸の魔族だけなのだから。
魔界の魔族たちは最初から最後まで、反対し続けていた。
神族問題に限り、レスターは鬼族の中で非常に複雑な立場だ。
私はレスターの横顔をチラリと見て、鍋とカップを片付け始めた。
(神族創生のスタートはメア大陸出身のレスターが、魔界に移住してしばらく経ってからだったわね)
メア大陸はかつて、鬼族が多く住んでおりレスターの育ての親である、とある鬼が神族創生の牽引者。
推進派と反対派で鬼族は二つに割れ、レスターは反対派の旗印となり戦が勃発。
結果としてレスターは育ての親を討ち、研究所を破壊した。
「あんなに死にたいと願っていたのに、それすら叶わず未だ動いている──」
レスターが低い声で呟き、苦々しい顔で地面に足を投げ出した。
「壊せば、終わりを与えることが出来ると?」
「推論上はな。埋めずに壊すべきだったのかもしれん」
「うーん、それには賛同できないかな。数が数だったし、埋めるしか無かったのでは?」
レスターが終わらせた神族創生。
研究所を破壊後、どうにか保護出来た神族は六十名ほどだった。
既に自壊が始まっていた者、苦しみのあまり意思の疎通すら不可能だった者、完全に心が壊れて虚ろな者が大半。
意思の疎通が出来たのは、十一名しかいなかったと私は聞いている。
他の神族たちの意見を根気よく探り出すことが出来たのは、十一名の多大なる貢献があったからだ。
──少し時間はかかったが、神族たちの総意は『もう、生きていたくない』だった。
この世界の命は、全て円環の輪と呼ばれるものに還っていく。
そしてまた、生まれてくるのだ。
太古の昔より、そのように考えられている。
根拠は新しい命──すなわち幼子が物心つく前に語る内容から、である。
死霊ですら、浄化によって円環の輪に還っていくのだ。
(けれど、神族はどこにも還る場所が無かった……)
円環の輪に戻らない魂には、はっきりとした特徴がある。
自ら死を拒否した者。
リッチキングなどの死霊がこれにあたる。
自分の意志で、生と死のあわいに留まるものは、戻れない。
禁呪で蘇生させられた者も、該当する。
これは死霊扱いとなり、やはり狭間の世界の住人となるから。
あとは、転移者。
彼らはもとよりこの世界の円環の輪から、かけ離れた存在。
亡くなったあとは、遺骸から光が霧散することもなく、静かに朽ちていく。
ただし例外があるという文献も残っているので転移者に関しては、まだわからないことが多い。
では神族は?
神族の魂は様々な世界のヒト族の魂。
つまり、転移者の枠に入ると言っていい。
私とレスターは、どうにか神族の肉体だけは滅することが出来た。
でも、残った魔核から魂を解放することは叶わなかった。
(そのツケが、まさに今の状況なのよね……他のダンジョンのように素直に真下に進路を取ってくれてたら触らずに済んだのに)
「そろそろ行くか」
はぁ、とため息をついた私にレスターが苦笑しながら立ち上がった。
休憩していたボス部屋の隅に、穴が空いている。
「ここからは……階段すら無いとは、用心深い」
「飛び降りればいいでしょ、お先ー」
グズグズしていても何も変わらないので、私はさっさと穴に飛び込んだ。
浮遊魔法で降下速度はゆっくりとね。
「これ、どうするんだ?」
あとから降りてきたレスターが、背後で呟く。
奥に小部屋があるのはわかる。
ダンジョンコアの、ただならぬ気配があるからね。
ただ──一枚岩で塞がれている。
「相当厚そうだな。しかも魔崗岩」
レスターは岩をあちこち叩きながら、ウロウロしている。
「うえー、よりによって一番堅い岩じゃないの」
「防壁としては正しいチョイスだぞ」
私もあちこち触り、周囲の壁、床、魔崗岩を鑑定してみた。
実に嫌な感じだ。
「しかもダンジョンコアの魔力が魔崗岩に干渉してるわね、手強そう」
レスターが物理的にどうにかしようと頑張ったが、傷一つつかない。
「石には『目』があるはずなんだがなぁ」
刀は刃こぼれするからNGらしい。
体術でどうにかしようとしてるあたり、鬼が脳筋って説は信憑性ありそう。
「うーむ」
三十分経過したが、傷一つつかない。
「かくなるうえは……楔を打って、魔法だな」
レスターは悔しそうに呟いた。
自分で岩を割りたかったのだろう。
(自分の手で決着つけたい気持ちはわからないでもないわ)
レスターが自分の道具を取り出し、検分を始めた。
「オリハルコンの楔、これに不壊の付与出来るか?」
「出来るわよ、永続的な効果の付与は触媒必須だけど」
「道中に狩ったベヒーモスとか龍でどうにかなるか?」
「大丈夫、触媒なら売るほど持ってるから」
普通の付与と違って永久効果の付与はちょっと時間も手間もかかる。
もちろん、付与技術もね。
私は慎重に楔に付与を施し、レスターに手渡した。
レスターが楔を打ち込み始めたので、私も魔法を撃ち込む準備を始める。
(魔法伝導率を優先するとなると、純ミスリル一択……)
形状は平たく長いほうがいい。
裂け目に差し込まなきゃならないからね。
ミスリルは柔らかく、加工しやすいからこの場で形を整えるだけだ。
材料だけはいっぱい持ってて良かったわ。
気合いの入った台詞はなく、ピンと張りつめた静寂な空気の中でレスターは楔を打ち込んだ。
短い呼吸音だけが響き、爆発的な魔力の奔流と共にガッ!という鈍い音が後に続く。
レスターが一歩下がったので、覗き込む。
「あ、凄い。一撃で三センチ?」
「もっと行くつもりだったんだがな」
レスターは肩をすくめ、さらに深く打ち込むべく鎚を構えた。
私は再び後ろに下がり、鬼の後背筋の見物に戻った。
「うーん、ミスリルを差し込む余地無しか」
「見たか?ヒビが入った瞬間、修復しやがった」
「オリハルコンも伝導率は悪くないから、楔を起点に魔法打ち込むのでも良いわね」
「熱と冷却でな。脆くなった部分を俺が順次破壊すればいいだろ」
方針が決まったので、交互に熱して冷やす作業に入る。
「ふん、修復スピードを上回るダメージを与えれば余裕よ」
「ジューン、それは強者の理論過ぎるだろ」
「真理よ!」
徐々に楔から発生した割れ目が深くなっていく。
その都度、レスターが崩せそうな箇所を削り時空庫に片付ける。
(修復リソースを奪い、こじ開けるというのは理にかなってるけど……)
脳筋が過ぎるわ。
レスターは時折忘れてるようだけど、私は正統派の魔術師なんですからね。
「ねえ、全部壊すのコレ」
「俺が通れりゃいいだろ」
確かにレスターが通れる隙間なら、私も通れるものね。
慎重に掘り進め、厚さが四メートルもあったことに驚きつつ。
私たちはようやくダンジョンコアのある空間に辿り着いた。
「ちょっと後ろ、やだ塞がってきてる」
気落ちした私に、レスターはこともなげに言い放つ。
「帰りはもう一回崩すか、転移でいいだろ」
「一応、不測の事態に備えて踏めば飛べる魔法陣敷いておくわね」
「行き先は?」
「イヴォークの私の家」
「了解」
私は何も装飾のない、岩をくり抜いただけの空間を見渡した。
祭壇や泉などの物語のような演出などない。
ダンジョンコアは、ただ床の隅に転がっているだけだ。
黒紫の光を放つ神族の魔核。
「埋めた時より黒いわね」
「そうだな。怨嗟のせいだろうな」
このダンジョンコアは、静かに狂っていってる。
あちこち見て回ったが、他のコアはここまで色を変えてはいないのだ。
(確かに、捻れた負のエネルギーを感じる……)
「で、どうする……?」




