苦労人、フレスベルグ
「ジューンのせいで仕事が溜まった」
唐揚げを次々と口に放り込みながら、フレスベルグが文句を言う。
「私のせいじゃないでしょ、あんな魔法陣に引っかかるほうがおかしい」
「いやいや、死霊たちも迷ってたからな?」
「……ちゃんと直してきたわ」
「アマネさん、フレスベルグ様……野菜も食べなくては」
「ポテトって芋だろ、野菜じゃん?」
「野菜」
「そうね、芋は植物だから野菜……と言ってもいい」
ミシュティは黙ってサラダをテーブルに置いた。
「おかわりは、サラダのあとですよ」
「…………」
「…………」
食べ始めれば、サラダも美味しいのだ。
ミシュティのお手製ドレッシングは酸味が控えめで食べやすいので、私たちは黙ってサラダを食べ始めた。
「死霊って見たことないな」
アマネが呟いた。
(確かにアマネのいる環境に死霊は居なかったかも……?)
「多分見たことはあると思うぞ。カルミラの城にもいるし、ネモおじさんの家にいるメイドも死霊だったはず」
「え、そうなの?」
「そうだぞー」
「ぱっと見、見た目じゃわからない死霊も多いから気が付かなくても仕方ないわね」
でも、世間を知るために死霊については学ばせておいたほうがよさそうだ。
生者を引っ張り込もうとする悪い輩もいないわけじゃないし。
(魔王組合メンバーの庇護がある龍人の子供に、ちょっかい出す者はいないだろうけれど)
「そうねえ、ラウバッハに会ってみる?」
「やめろよ、初っ端からリッチに会わせるとかマジで」
「じゃあ、友人に最近死霊になったばかりの──」
「ジューンの知り合いは却下。普通の死霊がいい」
「でしたら、私の師匠はいかがでしょうか。子供好きですし……」
「ミシュティの師匠……? なんの?」
「毒物研究家でして」
「ダメ」
熱々の唐揚げが再びテーブルに乗ると、アマネが早速手を伸ばす。
「普通の死霊って言うなら、ネモのとこのメイド長がレイスよね」
「え、あのおばちゃん幽霊だったの」
アマネが驚いて唐揚げを落としたが、床に落ちる前にクリムゾンヘルファイアがキャッチした。
出遅れたディーがミシュティの足にすがりついている。
「他種族と一緒に過ごす死霊は魔力で姿を目立たなくしてる事が多いから、わからないほうが普通よ」
「ふうん、じゃあもし気がついちゃっても言わないほうがいいの?」
「そうね、死霊じゃないふりをしている人には指摘しないほうがいいと思う。何か事情があるかもしれないでしょ?」
「うん」
(私が説明すると、きっとつまんなくなるのよね……)
初歩を知らない人が専門用語で講義を受けるようなものだ。
もっと身近でわかりやすいほうがいい。
そういう時は、習熟度に見合った本で学ぶのが一番ね。
「明日一緒に魔界の本屋さんに行きましょう。フレスベルグは忙しいんでしょ?」
「誰のせいだと思ってんだ……うん、あと数日預かってもらえると助かる」
「もちろんです」
ミシュティがうなずき、フレスベルグは安心したように唐揚げを口に放り込んだ。
「もう勇者たちが航路の半分くらいに到達してるから、忙しいんだよ。リハーサルもあるしさぁ」
「半分となると、何もトラブルがなければあと二十日もかからないってことか」
フレスベルグが大げさな身振りで頷いた。
「とりあえず明日はあさイチですっぽかした衣装合わせに行かないと」
「だからゴメンって」
「……まあいいけどさ」
デザートが終わり、ミシュティが後片付けを済ませて帰宅したあと。
アイスクリームを抱えたアマネとフレスベルグは星空の下で何やら語り合っている。
「何を話してるの?」
「ああ、ソフィーの姿がケツァルコアトルみたいだって」
「アステカの神だよね」
「お、アマネ詳しいな?」
「うん、ゲームに出てきてたからね。ケツァルコアトル、テスカトリポカ、シペ・トテック……」
「ケツァルコアトルに似てるよな。ミニミニサイズだけど」
アマネの手のひらのうえでじっとしているソフィーちゃんの姿は、確かに有翼の蛇神の姿に似ている。
だが、ここは地球ではないからケツァルコアトルだと言い切るには無理がある。
「地球の神話には関係ないと思うけど」
「そうじゃないとは言い切れないと思うんだよ」
私の言葉を遮り、フレスベルグが呟いた。
「もし、この世界とアステカ文明時代の地球が重なっていたら? ゴブリンのダンジョンみたく、場面だけが切り取られて地球に投影されていたら?」
「……可能性はゼロじゃないわね、確かに」
確認しようもないことだけれど。
「ロマンがあっていいじゃないか。な、アマネ」
「うん!」
当のケツァルコアトル疑いのある蛇はアマネのスプーンからアイスをせしめているわけだが。
そういう説があってもいいかもしれない。
もしかしたら、当たってるかもしれないし。
(でも、ソフィーちゃんはこっちの世界の生物だから、可能性はゼロに近いんじゃないかしら……)




