聞いてないよ?
「ジューン様、ジューン様の唇も染まってます」
「ええーっ」
慌てて鏡を見ると、薬茶が触れた部分だけ染まっている。
幸い、歯には着色していない。
(小さい範囲でよかった……唇だけなら口紅で誤魔化せるし)
ミシュティは災難だったと思う。
まさか毛が染まってしまうとは、淹れた本人も予想してなかったのではないだろうか。
「この蛍光ピンクは、おそらく切り花として流通している青勇花ね。香りはいいし長持ちするよく見る花」
「青勇花……この色が?」
「確かに花は青いけれど、コレを龍の胃酸で処理すると蛍光ピンクになる」
「…………」
「ただ龍の胃酸なんて持ってる人は少ないし、実際に見られるのは珍しい。薬効も毒性もなく、ただの染料ね」
「染料……」
「遊び心でブレンドしたんでしょうね」
「あ、遊び心……」
私は皮膚につかないようティースプーンでもう一度薬茶を口に入れた。
「鑑定もしてみたけれど、これは利尿作用のある薬茶ね。浮腫に効くヤツ」
ツヨン草を入れる意味はあったのだろうか?
どう考えても要らなさそうではある。
だが、龍の胃酸を普通に所持しているミシュティの師匠がちょっと気になる。
胃袋ごと保存しないと、周囲のものがみんな溶けてしまうから非常に高額だったと思うのだけれど。
しかも他龍の胃袋に入れても溶けてしまう。
本人(龍?)の胃袋じゃないと、保存すらできないのだ。
(しかも、使いどころがあんまりない。絶対変人だと思うわ)
しばらく毛抜きのために席を外していたミシュティが戻ってきた。
口元がほんのり桃色だが、それは皮膚の色だ。
「ああ、上手に整えたわね。目立たなくなってる」
「ありがとうございます。数日すれば生え揃うと思います……」
染まった毛を抜いたので皮膚が見えているだけ。
染まったのがちょっぴりで、本当に良かった。
「色さえどうにかすれば薬茶ね。龍の胃酸を使う意味は無さそうだけど」
「はい……本当に。茶葉は茶色っぽいのに……」
「龍の胃酸を使うということは持ってるってことよね。奇特ねぇ」
「ジューン様はお持ちじゃないのですか?」
「あるけど……」
「師匠に仕返ししたい気分です」
ミシュティは恨めしそうに茶色の小袋を見つめ、そっと持ち上げると厨房にしまいに行った。
(捨てないんだ……いや、捨てるのも危険よね。何か染めるのに作業場で使おうかな)
《……魔王の決戦がいよいよ近づいた今、ちょっとした微笑ましい情報が入ってきました》
つけっぱなしのテレビから何かニュースがあるという声が聞こえる。
《舞台裏は後日放送なのですが、決戦には関係ないということで放送許可が出ました》
《ほう……》
《凶悪魔猫天使による現場スタッフへの差し入れ風景ですね》
《凶悪魔猫天使というと、暴虐の女王のメイドをしているミシュティ嬢ですね》
《そうですそうです。その愛らしい容姿から密かにファンが増えていると専らの噂ですね》
《確かに素晴らしい可愛らしさですよね。凶悪猫コロリ会というファンクラブが入会希望者でパンクしそうだと関係者が漏らしていました》
画面にはミシュティと有志のケット・シーたちが現場スタッフにお弁当配布する様子が映っている。
《なんだか宝物を下賜されている雰囲気ですが──》
《ああ、それは暴虐の女王公式ファンクラブ限定弁当だからですね》
《くぅ~、欲しい。これ現場スタッフだけなんですよね》
《ははは、欲しいですよね。紙箱や添えられた紙ナフキンは特注らしいですよ》
《羨ましいですね》
《なんでも暴虐の女王本人も試食されたとのことで、現場の空気は騒然としてましたね。食べずに永久保存する人もいたようです》
《そりゃあそうですよ》
《中身はミシュティ嬢から説明される映像が──されましたね、コケット香草焼き、タマゴサンド……ルッコラのサラダ》
《欲しい》
《あなた、暴虐の女王のファン……?》
《はい。公式はもちろん、他のも掛け持ちで参加してます》
《こちらのお弁当は決戦地現場スタッフ限定品ですが、あまりの反響に販売が決まったそうですよ》
《チェーン店ですが、味には定評のあるどんぐりハウスのランチメニューに期間限定で載るそうです》
《さすが情報通ですねぇ……》
え、あのお弁当がランチメニュー……確かに美味しかったから売れると思うけど。
どんぐりハウスは安価だけど美味しいから、私もたまに行く。
期間限定なら、一回は食べに行かなくては。
(変装して行くしかないわね)
《暴虐の女王というと、最近競龍に興味があるらしく、新たに龍舎を設立するとの噂がありますね》
《神速のバルフィが所属するって話は聞きました》
「えっ、そうなの?」
思わずテレビに返事をしてしまったが、龍舎なんて初耳なのだけれど?
(龍舎……?)




