ミシュティ、被害に遭う
《勇者一行は予定より数日遅れて港町からようやく出港したようです》
《かなり落ち込んでましたからね》
《そうですね、人間を含む短命種族は……死に対する考え方が重い部分がありますから》
《勇者が襲撃にあって奴隷美少女を失い、悲嘆に暮れて立ち直る様子は夜に一挙放送予定です》
《一部、何も知らずに魔界のイベントに付き合わされる人間が気の毒という声もありますが……》
《そういう考え方もありますね。ですが、数千年ずっとこのイベントは続いてますし──楽しみにしていらっしゃる方も多いですからね》
《楽しみといえば、先日どんぐり祭りで優勝した方のインタビューが上がってきてます》
《部門別ではなく総合優勝ですか?》
《何人かインタビュー映像があるので、全員ですかねー? それは深夜枠で放送予定です》
私はテレビのチャンネルを変え、ソファーに身を委ねた。
勇者たちはこのあと幾つかの街で寄港、補給しながら死の島を目指す。
トラブルが無ければ五十日もかからなさそうだ。
(イベント的な襲撃はもう無いから、多分予定通りだと思うのだけれど……)
セレナが監修する魔物襲撃は二回予定されているが、船が損壊するような大型の魔物は使わないという話だ。
驚異の殿堂ロシナンテのコマーシャルが流れ、目をやると創業千年総力祭というセール中のようだ。
「ロシナンテかぁ。安いけどごちゃごちゃしてて商品が見にくいのよね」
私の言葉に、テーブルを拭いていたミシュティが首を傾げた。
「ロシナンテ……先日、母が行って色々買い込んできたそうですが楽しかったらしいです」
「なんだか見慣れないものがあったりして、見てるだけで楽しいのはわかる」
「でも、帰ってから何でこんなの買っちゃったのかしらって言ってました」
「それもわかる」
ミシュティは頷き、エプロンのポケットから小さな袋を取り出した。
茶色い普通の紙袋だが、真っ赤な封蝋で封を施されている。
「こちら、師匠が作ったのは薬茶なのですが」
「師匠って、毒物の」
手渡された紙袋からは不審な香りはしない。
いや、この微かな甘い香りは──
「ねえ、ツヨン草じゃない? これ」
「極微量、茶葉にブレンドされているようです。薄めれば薬効があるようで。お淹れしましょうか」
「…………」
私の沈黙を肯定と受け取ったのか、ミシュティが茶器を用意し始めた。
「一人では飲まないわよ。ミシュティも一緒に飲みましょう」
ミシュティは微笑んで頷いたが、一瞬嫌な顔になったのを私はしっかり見た。
(ミシュティも嫌な顔することあるのねぇ)
と言うことは、絶対美味しくないんだ。
私は少し緊張感を味わいつつ、固唾を飲んでミシュティがお湯で茶器を温めるのを見守った。
お湯を捨て、茶葉に熱湯を注ぐとベースは紅茶のようでいい香りが漂ってくる。
「それ、紅茶がメインよね?」
「はい」
「何でそんなに蛍光ピンクなの……?」
「師匠がジューン様ならわかると申しておりました」
「え、ここでクイズ?」
(蛍光ピンクに染まるほどの植物……いくつかあるけど。このお茶は淹れた後も不気味な泡を出しているわね……)
「うっ」
ミシュティが優雅にカップに口をつけたあと、慌てて真っ白なハンカチを口元に当てた。
「すごく不味いわね……最近こんなのばっかり」
「これはちょっと良くない方向のお味ですね」
「あ、ミシュティ口の周りの毛がすごいピンクになってる」
「!!」
ミシュティがお辞儀をし、パウダールームに駆け込んでいった。
「ニャぁぁぁ!?」
聞いたことのない声の悲鳴が聞こえる。
(ニャアって言った? 言ったわね?)
ミシュティは猫の妖精で、見た目も二足歩行の猫そのものだけれどニャアと言ったことはない。
初めて聞いたわ。
やはり、たまにはニャアと鳴くのだろうか?
「いや、猫のようで猫とは違うからそんなはずはないわね」
こっちの世界の獣人は語尾にニャがついたりワンがつくことがない。
人間と同じ用に喋るのに適した声帯を持っている。
だからこそ、今のニャアは貴重なのではないだろうか……?
「落ちません」
涙目で戻ってきたミシュティの口元は、やや薄くはなったものの蛍光ピンクのままだ。
「うーん、皮膚に水ぶくれや炎症の兆候はない……毛が染まっただけと思われる」
模様や斑が時々移動するケット・シー。
グレーの部分であればまだ目立たなかったかもしれないが、今のミシュティの顔の模様は鼻を起点に中心が真っ白の配置になっている。
上品に口をつけただけなので、染まりは口元から二ミリくらいだが……。
(薄いピンクなら全く目立たないけれど、蛍光ピンクだもの)
あれこれと脱色を試したが、全滅。
ミシュティはうなだれて呟いた。
「もう、抜きます……」




