公式……?
家に戻ると、肉の焼けるいい香りがする。
厨房を覗くと、ミシュティが大量の紙箱を並べ忙しく作業をしている。
「どうしたの」
「魔王城の現場スタッフに差し入れをと思いまして」
(ああ、現場スタッフは最後の追い込みだものね……)
「皆様お仕事に夢中で食事そっちのけなので、ジューン様のメイドが持ってきたお弁当なら絶対食べるのではないかと」
「そうかしら」
「ほとんどがジューン様の非公式ファンクラブのメンバーなので」
「え、非公式……公式もあるの?」
「はい。うふふ、私主催のファンクラブが公式なのです!」
コケットの香草焼きはこんがりと焼き上がり、またすぐに天板に次の肉が並べられオーブンの中に消えていった。
「知らなかったわ……」
「ファンクラブはコミュニティのようなものでして、私が確認しているものだけでも二百と……七十くらいはありますよ」
(…………多い)
私の顔を見て、ミシュティは優しい声で付け加えた 。
「大規模になると暴走した人を処理できなくなるので、大体五千人くらいの規模なんです」
「ああ、そう……」
「食材費は公式ファンクラブから出しているので、ジューン様には決してご迷惑をかけません」
「食材ボックスから出していいわよ、食材ならいっぱいあるし」
「まあ! ジューン様からの食材となると、尊すぎてみんな食べずに保存してしまいますから……」
「ああ、そう……」
紙箱を覗くとタマゴサンドが入っている。
ミシュティがドヤ顔で頷いた。
「そうなのです。これはジューン様好物詰め合わせ弁当で、事前アンケートで一番希望が多かったものです」
「ああ、そう……」
「現場スタッフは四千人も居ないので余裕です」
「ああ、そう……」
話しながらもミシュティは手を止めず、手際よく焼き上がったコケット香草焼きを紙箱に入れてどんどん時空ボックスに入れていく。
(いったいいつから制作を始めたのか……)
私は邪魔をしないよう、こっそりお弁当を一個盗んで私室に戻った。
コケット香草焼き、サラダ、タマゴサンド、果物。
彩り良く綺麗に並んでいる。
「ティファニーブルーの紙箱……なんか書いてある」
『暴虐の女王公式ファンクラブ、第三百十一回配布弁当・ジューン様の好物詰め合わせ現場限定バージョン』
「印刷してあるじゃないの。わざわざ紙箱も発注……本気すぎるわ」
もちろんお弁当はとても美味しかった。
(……四千個作るだけの運営費用が出ているとは。ミシュティは経営の才能もあるのかしら)
有能なのでみんなミシュティを欲しがっているが、手放すわけにはいかない。
うん、お給料をアップしよう。
「ふう、美味しかったぁ」
紙箱どうしよう、捨てるのはなんだか申し訳ない気がする。
私はそっと紙箱を時空庫に入れ、ソファーに寝転んだ。
昼寝をしてもう一度厨房を覗くとミシュティの姿はなく、磨き上げられたキッチンだけがある。
ディーが床を嗅ぎ回っているが、パン屑一つ落ちていない。
さっきまで使っていたとは思えないわ。
「ディー、おいで。タマゴサンドが欲しいなら私が持ってるから一緒に食べましょう」
ミシュティのコケット香草焼きは持ってないけれど、似たようなものならある。
私は外に出て、ディーと少し海岸を歩き一緒にタマゴサンドを食べた。
季節は春が終わり初夏に差しかかっている。
空も紫がかった色から抜けるような青に変じてきた。
「よく考えたら四季があるって不思議よね」
もちろん万年冬の大陸もあるし、違いはあるけれど、幾つかの地域には四季がある。
違う世界なのに春・夏・秋・冬があるのはなんだか不思議だ。
「冬空は紫だし、月も二つあるのにねぇ」
しばらく歩くと海龍の卵がある場所に出たが、特に卵に変化はなかった。
背後の崖からは上にあるポチ温泉から、温泉水が小さな滝のように流れ落ちてきている。
それが温かいせいか、崖には白い花があちこちに咲いていて……島では見慣れない花だ。
「なにこれ。龍源花じゃないの」
龍の生息地に咲く花だから、花自体はすごく珍しいわけではないけれどこんなに数多く咲いてるのは珍しい。
今のところ何かの素材になるようなものでもないので、需要もない。
ただ綺麗なだけ。
(上にポチが沈んでいるから?)
か細い茎の割に、大きな花弁をつけているほんのり緑がかった白い花はとても薄いのでレースのようだ。
香りは無いし、摘んだらすぐに萎れてしまうから飾るのにも向かない。
「いい景色」
なんの役にも立たないけれど、目を楽しませてくれるのだから存在価値はある。
私の少し伸びた髪を、潮風が揺らしていく。
「うん、スローライフだわ」




