ちょっとした厄介事
「おはようございます、ジューンさま」
王都の屋敷メイドである、ホムンクルスのヴェラが完璧な所作でお辞儀をした。
流れるような動きで紅茶を私とアラインに淹れてくれた。
「……ホムンクルスか。いい出来だ」
「よくわかったわね」
「そりゃ、自分でも作るからな」
元々、王宮のお抱え魔術師で血管と魔脈を融合させる研究をしていたアラインだから、ホムンクルスは自作でも納得だ。
(勇者パーティ参加の条件はお抱え魔術師を辞すること。自由が一番ってことね)
「で、話は逸れたけど経皮吸収タイプの特級ポーションを持っておいて」
「勇者用に?」
「そう。あ、生体ガラスだから優しく扱って」
「酷い色だ。しかも濁ってる」
「……効き目は確かよ。でもめちゃくちゃ臭い」
空気が僅かに揺れ、アラインは手のひらの上のパウチを鑑定したようだ。
「これはまた凄い薬効だな……ああ、でも範囲制限があるのか。ふむ……」
「それは万が一ね。使わない方向で調整するから……ほら、勇者と犬に治癒魔法は使えないから」
「ああ」
「こっちの都合で呼んで、治癒魔法で寿命削って帰すのはちょっとね。それに、魔臓のない異界人に治癒がどう作用するか……十分なデータが無いしね」
「確かにな。怪我はさせないよう立ち回るが──万が一の場合先にこっちを使って、治癒は最低限が望ましいな」
アラインは品よくカップを口に運び、小さく息を吐いた。
ヴェラの紅茶の淹れ方は完璧。
二年後、成り代わる予定のセシリアがこのレベルになれるのか?甚だ疑問ではある。
「そうだ、勇者はどう?」
「昨日の襲撃で背中に中程度の裂傷だな。数日、陸で療養させれば回復力が高いから問題なさそうだが……」
「だが?」
「奴隷が死んだから落ち込んでいる」
「ああ、そっち」
襲撃の最中、やられたふりをした奴隷美少女たちは素晴らしい演技で勇者を庇って大怪我を負うふりをして、海に飛び込んだ。
直後にダミー人形をアラインが海に投げ、無事人形二体は沈んでいった。
「あの人形、数ヶ月で海水で溶けるとは──」
「魔界の決まりなのよ、海に分解しないゴミを捨てないって」
「回収するものだと思っていたが」
「その案もあったけど、女の子を保護したあとは急いでその場を離れるのが最優先になったみたいよ」
「そのほうが良かったと思う。どうもカレーニアが鼻が利くようで、小細工をする際に邪魔でな……勘が良いのは有能とはいえ」
「カレーニアって?」
「パーティの後方魔術師だな」
アラインはゲームで言うところの賢者みたいな位置で、最後方にいるわけではないらしい。
カレーニアというのはバフ要員の魔術師ってことね。
ハナちゃんは単なる家庭犬だし耳が悪いので、指示が通らず好き勝手な場所に行くらしい。
それはそれで大変そう。
「邪魔?」
「うむ。彼女自体は人間だが、犬獣人が片親にいるらしく鼻と耳がいい。今日も宿から出かけようとしたら気が付かれて……」
「まさか消してないわよね」
「はは、そこまで短気じゃないさ。一旦宿から出てすぐ戻り、部屋から転移してきた」
「ふうん、じゃあもうタイムアップじゃない?」
「そうなるな。では御暇させていただくよ」
アラインは無表情のまま、転移していった。
なるほど、勘のいい子は有能だけど厄介ね。
カレーニアが要注意だというのは共有しておかなくては。
決戦地に犬系の嗅覚を惑わす植物でも植えよう。
耳にも何か必要だろう。
「……ああ、哭き痺麦なんて最高ね」
騒音で耳にも良くないから、最高に良い。
香りは困惑草という、高山に密集してる下草がいい。
悪臭ではないが、妙な香りがする。
それを嗅いだ犬が方向感覚を失って迷子になるから困惑草と呼ばれているのだが……。
(果たしてそれだけで大丈夫だろうか?)
魔火薬も使うと言っていたし、ちょっと香り関係は打ち合わせが必要な気がする。
私は会議の開催を求める書簡をカルミラに出した。
うん、カレーニア対策は大事な気がする。
本人は人間だからちょっと工夫するだけで大丈夫だとは思うが……。
直ぐに返事が来て、明日の夕方に進捗会議を行うときた。
レスターにツヨン草をあげなきゃいけないから、ちょうどいい。
(ミシュティとベイリウスも欲しがってたわね……)
人間の依頼でレスターに渡す方は、一応根を切っておこう。
他は根付きで渡せばいい。




