恋バナ
「四年付き合ってた」
「うん」
「奥さんがいたの」
「ほう、そりゃまた……」
メイサの赤紫の瞳から、ポロポロと涙がこぼれ落ちる。
素早くチェックしたが結晶化はしなかった。
稀に結晶化したエルフの涙は貴重品なんだけどな。
結晶化するほどではないということは、そんなに重大じゃなさそうだ。
「知らなかったのよぅー」
「そんなことある?」
付き合った男が妻帯者だったって気付かないエルフって、もうエルフやめたほうがいいんじゃないだろうか。
相手の男も命知らずだな……。
「うん……変だなと思ったときはあった。でも、確認しなかったの、怖くて」
「なるほど……?」
齢千歳を越えるエルフの乙女っぷりに、ちょっと引き気味の私は一応確認のため聞いてみた。
「ちなみにお相手の種族は──」
「人間!」
「人間」
(その人間、まだ生きてるのかしら……)
「そう、人間。逃げちゃった」
「あ、そう。そうよね」
(エルフとトラブル起こしたら、大陸跨いで逃げるのがセオリーだものねぇ……)
「う、でもわかった時奥さんとは別れるって言ったのにぃ……」
「そりゃ時間稼ぎでしょうよ」
「うう……」
「追わないの?」
メイサは顔を上げ、キョトンとした間抜けな表情になった。
「え、それはない。もう海の上で処分したから」
「あ、そう。つまりあなたが泣いているのは、バカな自分に泣いてるってことね?」
「そうよ。恋に恋した自分がアホみたいで」
「そうね、その家族はどうしたの」
「子供は居なかったし、奥さんは居たけれど別居だったっぽい。結局、金貨払って示談にした」
(夫を消した賠償金ね。示談にしてくれて良かったんじゃないかな)
「ふーん」
「あ、もちろん示談成立後に処分しに行ったのよ」
「恋心を?」
メイサは頷いた。
「恋心と、元凶をよ」
「まあ……あなたまだ若いんだし、次があるわ」
「うん……でもしばらく恋はいいかな。ヤケクソで仕事いっぱい請け負っちゃったし」
メイサはジュースのおかわりを頼み、きちんと座り直した。
「へえ、仕事をね」
「暗殺二件、呪い四件抱えてんのよ。あ、幻炎呪花持ってる?」
「あるわよ」
「二つ欲しい」
私は毒々しい黒い花を二つテーブルに出した。
呪術の媒体になる、そこそこヤバい花だ。
黒い花弁からゆらゆらと紫の低音炎が立ち上っていて、見てるぶんには綺麗だけれど。
「情報と交換よ。コルルって人を探している」
「ふぇ? コルル?」
メイサは妙な声を出した。
「なんでまたコルルに……コルルは犬だけど?」
「犬っ」
「そう、アレ。愛コボ」
(コボルト……!)
「人間の魔女に飼われてるわよ」
「……ああ、そう」
コルルの店……愛犬の名前を冠した店というわけか。
ゴブリンの友人がコボルトなのはなんとなく納得出来る。
「で、その飼い主紹介してくれる? ツヨン草が欲しくて」
「ミッチェルが育ててるわ、ツヨン草」
「え、そうなの。じゃあコルルはいいや、ミッチェルの家に行ってみるわ」
「私も行こうかな〜」
メイサを連れて、ミッチェルの家へ向かうことになった。
サロンから歩くこと十五分。
畑のど真ん中に建つ掘っ立て小屋がミッチェルの家である。
「ミッチェル〜」
呼ぶと機嫌の悪そうなエルフが顔を出した。
「何よ、まだ昼じゃないの」
ミッチェルの銀色の髪は短く刈り揃えられ、氷のような薄青の瞳がこちらを見た。
「うわ、ジューン。何しに来たの。うちには何もないわよ」
「ツヨン草ちょうだい」
「ツヨン草? あるけど、タダは嫌よ」
フンッっと鼻を鳴らしたミッチェルは入れと言わんばかりに顎を上げた。
「お邪魔しま~す」
外見とは裏腹に、室内は怖いくらいに整然としている。
私たちは埃を持ち込まないよう、魔法で身綺麗にしてからお邪魔することにした。
「それ。ツヨン草はそこの鉢植え」
「鉢植えごと欲しい!」
「代わりに何を出すのよ」
「お金かアイテム。何系が欲しい?」
ミッチェルは少し考えて、ニヤリと笑った。
「そうだな、金属系がいい。ちょうど薬草鍋が寿命で作り直そうと思ってる」
「金属系なら得意よ、うちに古龍がいるから。龍気を帯びたミスリル鉱とかどう?」
「え、鍋作れる分あるのそれ」
ミッチェルがいきおいよく立ち上がった。
「おたま分も付けるわ」
「オッケー、なら鉢植え二つあげる。あらメイサ、まだ辛気臭い顔してるの? だからさっさとやってしまえって言ったじゃないの」
「それはもうやったのよぅ……」
メイサがか細い声で言い訳めいた声を出した。
「全く、絶対怪しいって何回も言ったのに」
「うん……」
「家に連絡してくるなって言われた時点でおかしいでしょう」
(ツヨン草は手に入れた、しかも鉢植え。増やして依頼クリアだわ……)
「ねえ! ジューンもそう思うでしょう」
「え? うん?」
エルフの恋バナは暫く続いた。




