君に贈る言葉
後日譚です。
こんな小話いらないんじゃないの、というご指摘には耳をふさぎます。
だって、映画でテロップが流れた後におまけのワンシーンがつくこと、たまにあるじゃないですか。ああいうの好きなんです。では、どうぞ。
カリサが紅の騎士団に戻ってから三週間が経った、ある日の休日、突然アスカルディが訪ねてきた。
その知らせを受け、カリサが面会室まで駆けつけると、野次馬の山ができていた。
これをかき分け、覗き見禁止! と睨みを利かせてからばたん、と扉を閉める。
「やあ」
「ルディ!」
カリサは元気よく飛びついた。久しぶりの抱擁。
「元気だった?」
「うん! ルディは?」
「君の顔をみたから、元気になった」
微笑みながら言うアスカルディは黒のトップ・ハットに灰色のフロックコート姿で、ステッキを持ち、いかにも紳士然としていて格好いい。
「今日はこれから仕事なんだ。もう行かないと」
「えっ、もう?」
「近くまで来たから、一目君の顔が見たかったんだ。また今度、ゆっくり来るよ」
がっかりするカリサのまぶたに軽くキスが落される。
が、行きかけて、「そうそう」とアスカルディはいま思いついたというように振り返った。
「そういえば――この前の手紙で書いていた、君の男性恐怖症を直すのに協力してくれた親切な男、って、誰のことかな?」
「え?」
「いるんだろう? 君の心的外傷を克服させた男が」
アスカルディの片目に不吉な星がきらりと輝く。
カリサは答えかけて、一度開けた口をそのまま閉じた。
「あのう、き、訊いてどうするの?」
「お礼をしないとね」
ほっとする。胸をなでおろす。カリサはぱっと笑って、
「王子様よ。ご主人さまの兄君の中でも一番仲が良くて、わたしにも色々とよくしてくれるの」
アスカルディの口角が持ち上がる。
目の奥には殺伐とした暗い影がうごめいていた。
しかしカリサはまだ気づかない。
「……へぇ? 色々って、たとえば?」
「差し入れをくださったり、ピクニックに誘ってくださったり、花束を届けてくださったり、図書室で勉強をみてくださったり、それから――むぐ」
やにわに、口に指を突っ込まれた。
そこではじめて、アスカルディが猛烈に機嫌を損ねていることに気づく。
そのまま指で口腔をかきまぜられて、カリサはむせた。咳き込む。なのに、動悸は激しく、息があがっていた。
「私以外と、そういうことをしていたんだ」
いつのまにか、腰を抱き寄せられて、顎先を掴まれていた。問答無用で、顔を覗き込まれる。
「それで? 王子様にやさしくされて? 男が怖くなくなったってわけね。ふうん。ずいぶん念入りにじっくりと口説かれていたようだけど、もちろん、それ以上、手は出されていないよね?」
「く、口説かれて、なんてないもの」
「世間ではそれを口説いていると言うの」
「で、でも」
カリサは反論を試みた。
だが、アスカルディはおもむろにマントルピースの上の置き時計を見て嘆息した。
「だめだ、時間だ。仕方ない、今日はここまで。次に会ったとき、この続きを聞くから。ああそれと、君の一番大事なものもいただくから、覚悟をしておくように。いいね」
一方的に告げて、さっさと踵を返す。
暇を告げるキスもなしだ。
カリサは憤然と、その背に向かって声を張り上げた。
「わたしの一番大事なものなんてとっくにあげているわよ!」
アスカルディは扉のノブに伸ばした手を空中で止めた。
ゆっくりと、振り返る。
氷の微笑。
「……なんだって?」
カリサは頬を紅潮させ、涙目になりながら、一気にまくしたてた。
「わたしが一番大事なのは、ルディを好きな自分だもん! ルディのことばっかり考える心だもん! もうとっくに――とっくに――全部、あげているもの! 他に大事なものなんてない! あってもあげるよ! ルディが欲しいなら、なんだってーーだって、だって、私が一番大事なのはルディなんだから」
これにて本当に終幕
完結です。
短期連載でしたが、お付き合いくださいました皆様、ありがとうございました。
少しでも愉しんでいただければさいわいです。
さて、2009年も残すところあとわずか。
毎年そうですが、いいことも悪いこともあった一年でした。来年もたぶんそうでしょう。なので、気負わず、のろのろとでも、物語を綴っていければ、と思います。
今日という日は、世界平和を祈ります。
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。