グリグリ4
事務所を後にした僕達が向かったのは、清隆先輩の住んでいるマンションの1室だ。僕達とは言ったが、ここには僕と清隆先輩しかいない。さすがに夜も深い時間なので、あややんさんにはいったん家に帰ってもらった。
清隆先輩の住んでいるマンションは、いわゆる高級マンションというやつで、マンションの1室というには、いささか以上に上等なものである。僕は片手で数えるほどしか来ていないが、相変わらず部屋は綺麗にしている。学生の一人暮らしとは思えない程。
「まぁ、適当に座ってくれ」
「では、遠慮なく」
僕は見るからに高級そうなソファーに座る。そして驚く。その高級ソファーの威力に。僕の部屋にある中古屋で買ったソファーとは段違いのそれに、思わず目を閉じてしまう。
「おーい、トリップしているところ悪いが、今から地獄の監視カメラチェックだ。これでも飲んで目を覚ましてくれ」
そう言って清隆先輩から珈琲をいただいた。どこかの妻馬鹿先生とは違い、僕の好みの微糖をくれた。
そういえば、清隆先輩は学校にほとんど来ていないのに、学校の女子に人気があるのだが、こういう細かな気遣いが、女子の受けがいい原因かもしれない。僕が思わず清隆先輩を睨んでしまうのも、しょうがないというものだろう。
「どうせどうしようもないことで俺を睨んでいるんだろうが、俺を睨むぐらいなら、ディスプレイに映った握手会の映像を睨むように見てくれ」
睨んでいる僕をあしらうように、清隆先輩はディスプレイに握手会の監視カメラ映像を流し出す。
さらっと流しているが、これは清隆先輩の得意なハッキング技術の賜物である。
「箱の形と大きさはわかっているんだ、それっぽいの探すぞ」
「了解です」
自分の目の前にあるディスプレイを注視しながら、僕は清隆先輩に頂いた珈琲に口をつける。
見始めてから1時間。握手会の映像が終了したが。僕の見ていたカメラ映像にはそれらしきものは映っていなかった。清隆先輩の方に視線を移すが、清隆先輩は首を横に振るだけだった。
「どういうことでしょう。やはり、グリグリは郵便で届いたものなのでしょうか」
「そうとも限らないぜ。第三のやり方があるだろう?」
「それは?」
「キャンリーの関係者が直接届けたという可能性だ」
「関係者というと、マネージャーや事務所で働いている方々ですか?」
「それだけじゃねぇ。キャンリーのメンバーの可能性もある」
身内の犯行。その可能性を見逃していた。確かに、身内の犯行ならいろいろと説明がつく。
キャンリーのメンバーか、事務所の誰かということになるが、はてさて、どう調べたものか。そう僕が思案していると、隣で清隆先輩がものすごい速さで、パソコンを操作し始める。
「事務所にカメラがあったのは今日確認済みだ。ということは、俺の出番ってわけだ」
清隆先輩は事務所の監視カメラにハッキングして、グリグリをゆーやんさんに渡した真犯人を探す。
先輩の操作するパソコン画面に映し出された人物は・・・
「で犯人は誰だったんすか?」
「あややんさんでした」
僕は昨日のことを翠に報告しながら、さぼったぶんの事務作業をこなしている。探偵役としてもう少しもったいぶって犯人の正体を言いたかったのだが、翠のご機嫌が斜めだったという理由でやめておいた。
実際、僕は机に鎖で繋がれながら、「私は後輩に仕事を押し付けた鬼畜野郎です」という看板を背負って、事務作業を行っている。
最初の方は、翠の機嫌を直すためにテンション高く、盛り上がり重視で、まるで落語のように話していた僕だが、本当に機嫌の悪い人の前ではそんな配慮は効かなかった。「端的に話しながら、報告書を書くために手だけ動かしていろ」そう翠の顔に書いてあった。
なので、僕はその通りに事を進めるが、いい加減嫌になってきた。
「翠、そろそろ機嫌を直してはいただけませんか?見てください、この真剣な眼差しと本気で報告書に向かう姿を」
「で、あややんさんの動機はなんだったんすか?」
無視ときた。
僕はため息と共に、昨日の深夜、あややんさんに問いただした時のことを思い出しながら、話を続ける。
「人気投票で負けた腹いせらしいですよ」
アイドルならではの理由だった。人気商売だからこその、ただの学生の僕達には、到底理解できないものだった。
いや、人気だけに注意を向けるからわからないだけなのだろう。テストや競技などの‘順位’というものになれば、部活などのレギュラー争いというものになれば、わからないでもない。それで殺人未遂を犯すというところまではいかないが。
そういえばわが校のチア部でも似たようなことがあったのを思い出す。
「それはまた、小さい理由っすね」
「僕達にとってはそうでも、彼女にはそうではなかったのでしょう。今回の犯行を行う程に。まぁ、あややんさんもここまでの結果になるとは想定できてなかったのでしょうけど」
「でも、謎は残ったままっすね。どうやってファンのプレゼントの中にグリグリを忍ばせたのはわかったっすけど、なんでゆーやんさんがグリグリを付けていたか、あんな怪しいものを付けることに躊躇いがなかったのか、それがわからないっす」
確かに、それに関してはまだ話していなかった。
「最初はただの嫌がらせだったみたいですよ。本来はグリグリではなく、ミイラの指を送るという行為自体が目的だったみたいです」
「それで終わり・・・じゃなかったんすね」
「グリグリを作るのに成功、いや、失敗したのがすべての原因でした」
グリグリをお守りとして作ったのか、嫌がらせ目的で作ったのかは定かではないが、ゆーやんさんに害をなす呪物となったのが、今回の悲劇の始まりだ。
ゆーやんさんに贈られたグリグリは、当初、不気味に思われて事務所の倉庫に仕舞われていたらしい。そこで問題が、予想外が起きた。事務所内で様々な不幸が起きたのだ。事務所内のスタッフの親戚が亡くなったり、スタッフが事故にあったり。
これでグリグリに、自分の作ったお守りに不幸を呼び寄せるのではないかという想像にたどり着いた彼女は、ゆーやんさん単品に不幸を押し付けるため、「実はこの指とアクセサリーは自分が作ったもので、ゆーやんに驚いてほしかっただけ。お守りは本物で、丹精込めて作ったので、普段使いして欲しい」そう頼んだのだった。
「それで不気味なアクセサリーを付けるなんて、そのことを許すなんて、ゆーやんさんはとてもお人よしだったんすね」
「それか、ゆーやんさんがあややんさんに対してとても好意的だったのかですね」
とても怪しげな流れだが、それが成ってしまったのにはいささか疑問だが、それが真相みたいだ。以上、深夜にあややんさんに電話して問い詰めて得た結果だ。
「まだ疑問があるっす」
「なんでしょう?」
「まず、なんで真犯人のあややんさんが、事件の解決を先輩達に依頼したんすかね?」
「・・・」
確かにその通りだ。
依頼する理由がない。
なんのメリットもない。
「さらに言えば、桜先輩と清隆先輩があややんさんに会ったきっかけっす。呪いとかいうワードが聞こえたという話っすけど、ライブ中だったんすよね?そんな歌っている最中に、叫んでもいない観客の声が聞こえるっていうのは現実的じゃないっすよ」
「・・・」
翠の疑問に答えられない僕は、押し黙って目の前のパソコンの画面を見つめる。
これに関しては清隆先輩の報告書待ちということになってくる。現在、清隆先輩はあややんさんに会って、事の顛末を詳しく聞いているところだ。昨日は、いや、正確には今日の深夜にあややんさんに電話して、事件について聞いたが、あまりに時間が遅かったので、今日の放課後に問いただすことになったのだ。
僕が気づかなかったのはいつも通りだが、翠が気づいたことなら、清隆先輩が気づいて然るべきだろう。ということは、今日この後か、明日には、翠の疑問に答えが出るだろう。
そんなことを思っていると、部室の扉が開いた。
「かわいい後輩共、清隆先輩がお土産と共に参上したぞ」
「何買ってきてくれたっすか?」
「まんじゅうだ」
「ありがとうっす」
清隆先輩にまんじゅうを渡された僕と翠。そして、まんじゅうを配り終えた清隆先輩は、ソファーでくつろぎはじめる。
「清隆先輩、さっさと報告書を書いてほしいっす」
「後でな」
「宿題を後回しするタイプっすか?」
そんな翠のどうでもいい疑問に答えず、清隆先輩は僕の方を見る。
「どうしたんですか?」
「やっぱり狙われているぞ、お前」
「どいうことでしょうか?」
清隆先輩は持っているお茶のペットボトルを、くるくると回しながら話し始める。
「あややんは事前にお前のことを知っていたみたいだ。怪しげな男に写真を渡されて、今回の件をばらされたくなければ、お前に依頼しろ、そう脅されていたみたいだぞ。なんなら、あのライブ会場にいたらしい。ライブ終わりにわざわざ、‘呪いと口にしていたあの男’と言ってきたらしい」
「その男というのが、僕を狙っている人ですか?」
「たぶんな。それと、これは勘だが、あややんにグリグリの間違った作り方を教えたのもその男の仕業とみている」
僕を狙う謎の男がいることはわかったが、狙いがわからない。目的がわからない。
やり方から、僕の命を狙うという物騒なことではないというのはわかる。しかし、僕の中に聖杯があるということを考えると、どうもろくな狙いではないということは想像に難くない。今回の件も仮面の時と同様、聖杯がらみなのではないのだろうか。
どうやら、僕の方でも動かなければならないみたいだ。動くといっても、厳丈先生に調べてもらうわけだが。清隆先輩は頼りにならないわけではないが、肝心なところを隠すというかなんというか・・・それは厳丈先生にも当てはまるが、清隆先輩よりはましだろう。
まったく、僕の周りには秘密主義者が多くて困る。
僕のもやもやした気持ちは、しばらくの間は晴れそうにない。




