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人の事情と霊の事情  作者: ゆきまる


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432Hz 1

 先生に今回の件について、僕を付け狙う謎の男について調べてもらってから早3日。まだ詳しい情報は先生から得られていない。先生も清隆先輩顔負けのハッキング技術を持っているので、あの日のライブ会場の監視カメラを見てもらったのだが、隠形おんぎょうの術を使用していたのか、姿かたちははっきりしないみたいだ。

 そんなもやもやした平日、僕は部室で手持ち無沙汰でいた。

 報告書も書き終え、依頼もない。それでもってやることもない。そんな僕が部室にいる意味はないのだが、家に帰っても不安がつのるだけなので、ここで厳丈先生の報告を待っている。昨日も、一昨日もだ。

 そこで扉が開く。

 僕は厳丈先生かと思い、扉の方に顔を向ける。目の前にいたのは厳丈先生ではなかったが、そこにいた人間が意外な人物だったので、僕は目を見開く。そこにいたのは神谷かみたに りょう先生。この風乃坂高校の科学室の主。発明家。マッドサイエンティスト。

 そんな先生がこの部室に訪れるのは珍しい。僕が入学してからは、片手で数えられるほどだ。とはいえ、接点が少ないというわけではない。基本的にこちらから尋ねるのだ。その理由は、僕達の依頼に関わるものだ。この発明家が作る発信機などを使用させてもらっている。普通に発信機などを手に入れるのは、値段が高く、入手が困難だが、この人は無償でいつでも提供してくれる。もちろん、これは神谷先生の善意というわけではない。レビューを求められるのだ。まぁ、それだけで入手困難なものが手に入るなら安いものだ。

 神谷先生はなぜか慣れた手つきで、部室でコーヒーを作り始めた。この手つき、僕が部室にいない時に入り浸っているのかもしれない。

 にしても、なんでこの先生は勝手に部室に入ってきて、コーヒーを作っているのだろうか。

 僕はこの気まずい雰囲気に耐え切れず、口を開くことを決意する。


「神谷先生、どのような御用ですか?」

「いや、研究がひと段落したからな。久しぶりにここのメーカーのコーヒーを飲みたくなっただけだ」

「そうですか」


 コーヒーの味についてあまり違いがわからない僕にとって、部屋を移動してまでコーヒーを飲みたい気持ちはわからないが、神谷先生にとっては大事なことなのかもしれない。


「今回はどんな研究を、発明をしていたんですか?」


 この人が作るものは本当にすごいと思わせるものから、なんでこんな研究しているんだ、この変人は、と思わせるものまで多岐にわたる。

 多岐にわたるとここでは言ったが、その開発、研究の大半は一般的に役に立たないと思われるものばかりだ。今回はどっちなのだろうか。


「なに、宇宙との交信に成功しただけだ」


 僕は思わず椅子から崩れ落ちる。

 宇宙との交信!?

 成功!?

 どういうこと!?


「宇宙に電波を発信、受信する装置を春、校庭に勝手に設置したんだが」

「わが愛しの学び舎になにしてくれてるんですか」


 春休みから校庭の隅にあった、謎の建造物はこのマッドサイエンティストのせいだったのか。何をしてるんだ、この教師は。


「成功したとおっしゃっていますが、正直疑っています。ちなみに宇宙からは、どんなメッセージを受信したんですか?」

「告白された」


 僕はまたもや椅子から転げ落ちる。


「さすがの自分も宇宙人からの告白には戸惑っている。だからここのコーヒーで落ち着こうと」

「それが本当だったら、世紀の大事件じゃないですか!」


 宇宙人から告白されたのもそうだが、宇宙との交信も大事件だろう。いや、どちらも同等の大事件だ。

そんな大事件を起こした本人は、何食わぬ顔でコーヒを飲んでいる。心臓に毛でも生えているのだろうか。と思っていた僕だが、神谷先生の手元を見ると、かすかだが震えているのがわかる。どうやら現在進行形で、強がっているだけみたいだ。

 なんだ、人間らしいところもあるじゃないか。


「実は生まれてこの方45年、誰かに告白されるのなんて初めてで、どうすればいいと思う、風乃坂桜」


 ・・・そっちかよ。

 この教師、‘宇宙人に告白’という部分ではなく、単純に‘告白’という部分に動揺しているらしい。なんて初心うぶなアラフォーなのだろう。

 まぁ、神谷先生には普段からお世話になっている。そんな僕としては恋愛相談の1つや2つ、受けてあげるのもやぶさかでない。仕方がない。僕の知識と経験をフル活用して、神谷先生と謎の宇宙人の愛のキューピットになってあげようじゃないか。


「神谷先生、相談相手を間違えているっす。そこの童貞には荷が重い相談内容っすよ」

「失礼な!って翠、いつからここに・・・っていない」


 僕は翠の声がした後方に顔を向けるが、そこに見えるのは、何の変哲もない普段の部室の姿で、そこには人の姿は一切なかった。

 僕が首をかしげていると、


「おーい、ここっす。ロッカーの中っす」

「なんでですか?」


 間違いなく、奥に見えるロッカーの中から翠の声が聞こえる。そこは僕の指定席だったはずなのだが、いつの間にか後輩にその座を奪われていた。それが残念かと言われれば、そんなことは全然、まったくもって違うのだが、なんだか物寂しさを感じてしまった。不思議なもんだ。


「桜先輩、そんな不思議そうな顔で固まっていないで、早く翠を開放して欲しいっす」

「厳丈先生の仕業ですね。翠、何をやらかしたんですか?」


 僕はロッカーに巻き付けてある鎖を外しながらそう翠に問いかける。


「桜先輩と清隆先輩が仕事放り出した日あったじゃないっすか?」

「あの時は本当、申し訳ありませんでした」

「あの後、実は翠も仕事ばっくれたっす。桜先輩と清隆先輩だけずるいと思って」

「・・・ほう」


 この後輩、人に正座で反省を強要したくせに、自分も当日サボっていたとは。とんでもない後輩である。


「ちなみに、なんで僕が部室に入ってきてすぐに、助けを求めなかったんですか?」

「いや、桜先輩が1人の時に何しているか気になって。恥ずかしい独り言とか言わないかなぁとか思っていたっす」

「なるほど」


 僕は鎖を強く引っ張り、ロッカーへのしばりをより強固にする。


「桜先輩、翠の気のせいじゃなければ、鎖でさらにロッカーを縛り上げてないっすか?」

「ほう、勘はいいようですね」

「すいませんっす!心より反省しているっす!反省しているっすけど、桜先輩も清隆先輩もずるいっす。なんで翠だけ罰を受けているっすか」

「ふっふふ、罰ならもう受けているんですよ」

「いつのまに」


 厳丈先生に頼み事をする際、とてつもなく恐ろしい顔で、無言で、ロッカーの中に無理やり監禁させられたのである。こっちの言い分を聞くことすらしなかった。おかげで、怒りが冷めただろう頃を見計らい、メールでこちらの要件を伝えるという手間のかかることになってしまった。おそらく、それがグリグリの件でさぼった僕への罰だったのだろう。

 僕をそそのかした清隆先輩は・・・わからない。あの人に関しては、厳丈先生に捕まるイメージがまったくかない。たぶん、今回の件も逃げきっているに違いない。


「ならば水樹翠、君なら自分の相談に乗ってくれるのか?」

「いや、さすがの翠も人外との恋愛相談経験はないっす」

「ならば、どうすればいいのだろうか」

「神谷先生、宇宙人と付き合う気があるんですか?」

「いや、付き合いたいとかは思わない。解剖したいとは思っているが」


 だめだこの教師。

 このマッドサイエンティスト、自分の好奇心を満たすことしか考えていない。


「なら、さっさと断ればいいじゃないっすか」

「ここで断ってこの関係が終わってしまっては、解剖の機会がなくなってしまうではないか」


 いっそ清々しいな、このクズ教師。

 それにしても、宇宙人がいるという前提で話が進んでいるが、本当に宇宙人なのだろうか?


「今回受信した電波、本当に宇宙からなのでしょうか?」

「実はそこが確信を得てない部分ではあるのだよ。もっと本格的な設備で行えば、確信を得られるのだが、今回は簡易型で、趣味の範囲を出ないものだからな」


 あの校庭に設置している、とてつもなくいかつい設備を趣味の範疇と言ってのける神谷先生に戦慄せんりつしながら、僕はロッカーに巻き付けてある鎖を緩める。そろそろ開放してあげないと可哀そうだ。その苦しみを知っているからこそ、早めに開放してあげたい気持ちが強くなる。

 なんとかロッカーからの脱出に成功した翠は、猫のように身体を伸ばす。


「で、この後どうしたいんすか?」

「まずは宇宙との交信に成功したのか、それの確認をしたい。それと・・・」

「「それと?」」

「これが君達の領分かどうか確認して欲しい」


 言わずもがなだろうが、僕達の領分と言えば心霊関係に他ならないだろう。実のところ、神谷先生も僕達がそういう分野に精通していることを知っているし、信じている。科学者として珍しい部類だと思うが、神谷先生いわく「科学でまだ照明できてないだけの分野だ」とのこと。

 そんな神谷先生だが、なぜ今回の件が幽霊関係だと思ったのだろう?


「いやなに。今回結構適当な理論と設計で作った受信器だったもので、うっかり霊界に繋がってないか不安になって」

「そんな曖昧なものをわが校の校庭に設置しないでください!」


 なんて人だ。


「ちなみに、どんな理論なんすか?翠、ちょっと気になっているっす」

「馬鹿にはわからん」


 翠は部室に置いてあった僕の木刀を手に、じりじりと神谷先生に近づいていく。その形相はとても、とても恐ろしいものだった、


「わかった。わかった。話すから落ち着け」


 腰の引けた神谷先生はそう言って翠を落ち着かせる。


「432Hzへるつ

「「はい?」」


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