9. リハビリ?
入ってきたお嬢さんはいい香りの紅茶をサイドテーブルに置くと部屋の隅にすっと控えた。
折角だから、ありがたく頂こう。
私はナディア。
元に戻る術はないと思われる。
頭に傷があったところを見ると、その傷が原因でナディアオリジナルは消えたようだ。どこに行ってしまったんだろう、オリジナル。これも不明。考えても分からないのだから、考えるのはやめよう。
唯一分かっているのはこの世界で生きていかなければならないということだけ。覚悟を決めなくてはならない。
「ここで生きていくしかないのね・・・。」
お茶を飲み終えると三つ編みちゃんがやってきた。
「お嬢様、お支度お手伝いいたします。」
「ありがとう。あなた、お名前は?」
「お嬢様、お忘れですか?ハンナです。」
訝しげな顔をしつつもハンナは答えた。
「ハンナさん、おいくつかしら?」
「さん、を付けるなんて、お嬢様どうされました。いつものようにハンナとお呼びください。私は19歳です。」
おおっと、童顔。
「そう、ところで今日の私の予定を教えてくれないかしら?」
「はい、朝食の後、学園の御友人とお会いになると伺っております。」
「そう。ありがとう。私は何を着ればいいかしら。」
「はい。こちらのディドレスはいかがでしょうか。」
「それにするわ。」
着替えが終わりドレッサーに座るよう促された。
ドレッサーに座ると正面の鏡の中に美少女がいた。
緩やかなウエーブのかかった赤茶色のロングヘア―、釣り目がちな涼やかな目、すっとした鼻筋、プルンとしたピンクの唇、アクセントのように唇の左下にはほくろがある。すらっとした手足に豊かな胸。くびれた腰。ポンとしたお尻。やだ、完璧じゃない。
西城リカは美人ではなかったが、それなりにかわいかったと思う。スタイルは悪くもなく、かといって良くもなかった。
おお、記憶というチートはなかったけど見た目は高スペックじゃないの。うん、頑張れそう。ありがとうナディア。大事にこの体使うよ。
でもこの感じ、ナディアって物語の中的には悪役令嬢ポジションなんだろうね。大抵ヒロインはピンク頭でかわいい系だもんね。でもね、たいていヒロインは性格も良いって言うけどさ、婚約者のいる男を篭絡していくんだから、本やゲームの中なら倫理観もなく楽しめるけど、実際にそんなのいたら単に女の敵だよね。人の男盗って、ハッピーエンドだなんて、本当におかしな話だ。
朝食を取って、しばらくしたら茶髪メガネのカイルがやってきた。
「おはようございます。昨日はお疲れさまでした。」
「おはよう。カイル。昨日はあなたにずいぶん助けられたわ。ありがとう。」
「いいえ。こちらこそ。それよりナディア様、お話とは何でしょう。」
「ええ、あなたには私のこれからについてもう少し協力してもらいたいの。」
そう言って、自分に起きたことを洗いざらい話した。もう、飾らない言葉で、全部話した。西城リカだったこと。ここが前世で読んだ物語もしくはゲームの世界のようであること。それが何だか分からないが、よくその中でのあるあるを組み合わせて昨日を乗り切ったこと。そう全部、一気に話した。
カイルは最初、訝しげな顔をしていたが、途中真剣な顔になり、最後は納得したかのように頷いていた。
「と、いうわけで、多分私は他の世界で死んだあとすぐさまナディアの中に入ったようなの。戻り方は分からないし、そもそも前の体で死んだみたいだから、戻っても体がないだろうし、もうね、この体で生を全うするしかないようなの。でもナディアの記憶が欠片も残っていないのよ。だから基礎、いいえ、この子が学んだであろう知識は押さえたいの。でも、この世界のこと全く分からないから何を学んだのか分からないのね。そこで、カイル、何からやって行けばいいか教えて欲しいの。」
「ちょっと待ってください。何となく納得はしたのですが、理解が追い付いていません。いくつか確認させてください。」
「ええ、どうぞ。」
「まず、あなたは体はナディア様ですが、中身は西城リカという別人だと。」
「ええ。」
「ナディア様としての記憶はないと。」
「ええ。」
「西城リカの記憶は?」
「全てあるわ。」
「西城リカがいた世界はこの国ではないと。」
「ええ。日本と呼ばれる国よ。文明ももっと進んでたと思うわ。ああ、昨日と今日見た限りだけどね。」
「それは興味深いですね。また、それは改めて聞かせて下さい。昨日も言いましたが、確かにあなたは私の知るナディア様とはかなり違いますね。」
「そりゃそうよ。中身が違うんだもん。で、協力してくれるの?」
「・・・いいですよ。協力いたしましょう。第二王子の側近辞めたので今暇ですし、あなたに興味がないかと言えば嘘になります。ああ、恋愛的興味ではありませんよ。異世界の記憶にです。ええっと、ナディア様の教養ですよね。公爵令嬢で王子の婚約者でしたからね。マナー、ダンス、そして他国の言語が最低ラインですね。それに、国史、地理、経済、算術ですかね。そう言えば言葉は同じだったのですか?」
「いいえ。まったく違うのではないかしら。ただ、何を言っているか分かるし、私の言葉も通じてるわね。多分文字も読めるし、書けると思うわ。」
「そうですか。一つずつ検証する必要がありそうですね。さっそく今日はその検証をしましょうか。お時間はよろしいですか。」
「ええ。特に予定はないわ。それにできれば週末までに最低ラインは押さえたいの。」
「週末と言うとあと五日ですか。ああ、シャルル殿下とお約束されていましたね。なるほど。急ぎですね。それでは、公爵家には図書室はありますよね。そちらで検証をしたいのですが、よろしいですか。」
「ハンナ。図書室ってあるかしら。使いたいんだけど。」
隅に控えていたハンナに声を掛けた。ハンナはたぶん私の話が全部聞こえていたと思うのだけど、朝と何も態度を変えることなく言った。
「はい、ございます。ご案内いたします。」
私とカイルはハンナに案内されて図書館みたいな公爵家の図書室に行ったのだった。




