32. カイルへの頼み事
「・・・俺、なっちゃんの望みは何でも聞こうと思ってるんだ。あの兄ちゃん・・・王子様とは思いの根っこは違うけど、なっちゃんが望むなら俺、勉強でも仕事でも何でもするよ。」
あらっ、まぁ、どうしたのかしら。理由は分からないけど、でもね・・・。
「リオ君、気持ちは嬉しいけど、私の為ではなく、自分の為に行動してほしいわ。あなたの人生はあなたのものよ。」
「だったら俺がなっちゃんの為に何かをするのは、俺の自由だ。」
おお、そうきたか。
「でも、それではいけないわ。私にそんな価値はないわ。」
そうだ、転生してきたわけの分からない女だぞ。あっ、そのうちリオ君にも事情を話そう。
「・・・なっちゃんは色眼鏡無しで俺の話を聞いてくれた。俺の、俺たちの為に涙を流してくれた。それだけでも充分なのに、俺たちの将来のためにと住むとこも働き口も用意してくれた。俺は兄ちゃんの金を取ろうとした奴なのにだ。そんななっちゃんに返せるものが俺にはない。あるとしたら、なっちゃんが俺に望むことをするぐらいだ。なっちゃんにかける価値なんてそれだけで充分にあるよ。」
うう、リオ、なんて義理堅い子なんだ。うん、今はそれでもいいか。追々考え方を変えてもらおう。
「ありがとう、リオ君。分かったわ。今の私のリオ君に対する望みは、働きながら勉強して学園に入ること。これをかなえて頂戴。」
「分かった。」
リオは真剣な顔で頷いた。
私も真剣な顔でリオ君にもう一つのお願いを伝えた。
「あともう一つあるの。約束してほしいことがあるの。いいかな。」
「ああ、何だ。」
「辛い時は辛いと周りの者、少なくとも私には必ず言うこと、よ。いい、必ずよ。」
「・・・なっちゃんは優しいな。分かった。約束する。」
リオは泣きそうなのを堪えた笑顔を見せた。
「勉強、今までの蓄積がないからかなりきついわよ。」
「ああ、大丈夫だ。半年後だったな。編入試験も合格してみせる。」
「頼もしいわね。リオ君ならできると信じてるわ。」
「ああ。なっちゃんの信頼は裏切らないよ。」
「ええ。それじゃぁ、あとのことはロイドに聞いてね。あとで、アル君、私の弟ね、彼を紹介するわ。」
リオはこくんと頷いた後、ロイドに従って部屋を出て行った。
私はカイルとシャルルとソフィアに手紙を書いた。
カイルにはシャルルと婚約することにしたこと、リオのこと、そしてすぐにでも屋敷に来てほしい旨を書いた。ソフィアにも同じようなことを書いた。
シャルルにはリオたちがどうなったのかを書いた。それと靴のお礼を一言、ね。うん、くすぐったい。
ああ、それにしても携帯電話がないのが面倒だ。お手紙書いて返事を待つって、あの有名な絵本のカエルさんたちみたいに、日々のんびり生きてないとできない行為よね。情緒があるって言えば聞こえはいいけど、人と会うまでに時間がかかり過ぎ。ああ、面倒ね。
次の日からリオ達の仕事は始まった。私も小さい三人には、文字の読み書きと算数の基礎を教え始めた。公爵令嬢って、これと言って日々の仕事がないのだ。私は女子大で幼稚園教諭養成課程に通っていた。ゆくゆくは幼稚園の先生になろうと思っていたのだ。まだ実習前だったから、先生の経験はないけど、やってみたかった仕事に近くてウキウキしながら毎回教えている。
小さい三人は小さいながらも懸命に仕事をしているとのこと。一番小さいルルはたまに寝ている時にうなされて泣くらしい。その度に庭師の老夫婦や若夫婦が抱き締め、添い寝してくれていると言う。境遇が境遇だ。これも時間が解決することだよね。若夫婦の息子がロンとルルを弟、妹みたいに面倒を見てくれているとも聞いた。ありがたい。うん、彼らは大丈夫だね。
ハンナが面倒を見ているリノは、ハンナが私付きの侍女なので一番顔を合わせる機会が多い。リノとハンナは気が合うらしく、リノはものすごくハンナに懐いた。初めは固い表情でハンナの後ろをついていたが、今は時々微笑みが見られるようになった。こちらも順調かな。
あとはリオ。リオは先の宣言通り、頑張ってくれている。ロイドは仕込み買いがあると言っていたし、私も読み書き、算数の基礎をリオに教えているが呑み込みが早い。絵本はすぐ読めるようになったし、小説も小さい子向けの物は読めている。ただ語彙が少ないので知らない言葉が多くて、知らない言葉に出会う度に辞書を引いていく、という地道な作業を徹底した。うん、見込み通り賢いし、努力家だ。早く専属の家庭教師をつけたい。
リオ達が来て数日後。カイルが私を訪ねて来た。
「カイル、久しぶり。」
「お久しぶりです。シャルル殿下とのご婚約、おめでとうございます。」
「あ、ありがとう。笑っていいわよ。あんなに拒否してたのに、一回のデートでおとされっちゃったんだから。ちょろ過ぎよねぇ。」
「笑いませんよ。良かったなって心から思っていますよ。俺も言っていたでしょう。殿下は最優良物件だって。いいとこに収まったんじゃないですか。」
うう、カイルっていい奴。
「うん、そう思うわ。」
「で、お話って何でしょう?」
「ああ、そうそう。ほらシャル君とのドタバタで、私のこの世界で生きるための基礎知識を得る学習が止まっていたでしょう。それを再開したいなぁと思っているのが一つ目の案件ね。」
私は、まだまだ多くのことをカイルから習わなければならないのだ。
「いいですよ。明日から再開しますか?」
「ええ、お願い。」
「分かりました。他もあるのですか?」
「ええ、手紙に書いたリオ君のことなんだけどね、私、半年後にリオ君に学園の編入試験を受けさせて、学園に入学させたいの。ただ、彼は今までまともに教育を受けてきていないのね。だから、一から叩き込むことになるの。で、優秀な家庭教師をリオ君につけたいのよ。どう、カイル、それやってみない?」
カイルは目を丸くした後、ふぅっと小さく息を吐いた。
「ナディア様のことだから、本気で言っているのですよね・・・結構無茶苦茶なこと言っていますよ。」
「ええ、本気よ。無理は承知だけどリオ君にチャレンジさせたいの。」
「やっぱり、本気ですよね。かなり無理ではないですか?」
「リオ君は賢い子よ。シャル君やアル君と一緒に学園生活を送らせてあげたいのよ。リオ君はきっと彼らと身分の差こそあれいい友人になれると思う。それに、かなり使える人になると思うわ。できるだけ長く学園に通わせてあげたいから、半年後かなって思ったんだけど・・・無理かな?」
「まぁ、普通は無理でしょうね。」
「本人もやる気だし、頭のいい子なのよ。一度会って、話をしてみてから、答えをくれないかな?」
私の懇願に、カイルはふっとかすかに笑った。
「あなたらしいお誘いですよね。分かりました。一度そのリオって子と話してみましょう。」
「ありがとう、カイル。今、呼ぶわね。」
やっぱりカイルって、いい奴!




