29. お花畑の住人
シャルルはキョトンとした顔をした後くすっと笑った。だから、その余裕な反応は、何なの?
「ディア、僕は手馴れてなんかいないよ。だって初めて女の子を口説いて、初めて手に入れたのがディアなんだよ。慣れているように感じるのは・・・ディアに男性経験がないから、かな?」
あっ、そうかも。私の男性に対する知識は、漫画とか小説、テレビや映画からか、友達の惚気からだ。実際の男性とは距離はかなり遠かった。だって女子高や女子大に男性の気配すらあるわけない。そうだよ。頭でっかちなんだな、私は。
それにこの世界が異世界で、作られた世界だからなのか、男性が女性に対して優しいというか、スキンシップを取りたがるって言うか・・・手の甲にキスなんて習慣はなかったよ。そっか、女の子対象で乙女ゲームは作られてるものね。女の子が喜ぶシチュエーション満載なんだ。イケメンが跪いて手の甲に恭しくキスなんて、トキメキポイントだよね。お姫様になったみたいだもん。
私はこの世界は乙女ゲームの世界なんだと推測している。
異世界モノで私が読んだのは、すべて女性向けだった。でも、出会った王子達や私の名前に記憶はない。だから漫画や小説の世界ではないだろうと思う。となると、たぶん、ここは乙女ゲームの世界。まぁ、男性向け異世界モノってのもあるけれど、その手ではないと思う。男性向けのあるある的によく出てくる、チート知識とかダンジョン攻略とか胸のやたらでかいお姉さん(あんなのいないでしょうレベルの大きさ)に会ってはいないから、ね。
私がモブだったら、まぁ、あるかもしれないけど、私はモブではないと思っている。主人公ではないにしても何らかの役付きだろう。だってナディアは高位貴族でスタイルの良い美人さんだ。と、なると、ここは乙女ゲームの世界だと。
こういった異世界モノの漫画や小説の有名どころは一通り友人に読まされたから、それらではないことは分かっている。
で、出会う男たちが顔がいい。これって乙女ゲームの最低条件だよね。あの金髪バカでさえ、顔は良かったと思う。それが抱えていたピンク頭の毒牙にかかった男たちも顔は良かった。うん、きっとこの推測は合っている。まぁ、それが分かったところで、ここが何の乙女ゲームなのかは分からないんだけど、ね。分かれば、よくある断罪回避とか、これから起こるであろう悪いイベント回避とかできていいのにね。
うん、私、転生に巻き込まれた、ただのかわいそうな女子大生だね。
あっ、違うか。前の時はどこにでもいそうな十人並みの容姿が、こんな美人のナイスバディだし、シャル君みたいなかわいい恋人ができた。アル君みたいなかわいい弟もできた。ソフィやカイルみたいな気やすい友達もできた。悪い転生じゃないね。だって、意地悪な継母も義妹もいない。身分も低くないから生活には困らない。
うん、悪くない。そうだ、悪くない。
「どうしたの、ディア?」
シャルルは考え込んで黙り込んでしまった私にの顔を覗き込んでいた。
「うん、私って、この世界の男性だけではなくて前世から男性になれていないな、って思っていたの。で、この世界は乙女ゲームの世界っぽいな、って。会う男の人たちは顔がいいでしょう。それって、その手のゲームにありがちだもの。女の子が喜ぶように作られたゲームだから、男性が女性に優しかったり、女性の喜びそうな行動をするんだよね。でも、何のゲームの世界か分からなくて、私ってば転生チートなしじゃない、かわいそうじゃない、とか思ったのね。でも、でも、ナディアの容姿はいいし、シャル君みたいなかわいい恋人もできたし、アル君みたいな弟ができて、ソフィやカイルみたいな友人もできた。これって結構恵まれてるよねって、悪くないよねって思ったの。」
私はぼそぼそとまとまりのない考えを話した。シャルルはくすっと笑った。
「うん。僕もそう思うよ。ディアが転生してナディアに入ってくれて良かった。僕は前のナディアに全く興味は引かれなかったよ。今のディアだから興味を持ったし、好きで一緒に居たいと思うんだ。僕はディアに会えたことに感謝しているよ。だから、どこかに勝手に行っちゃわないでね。」
「あ、ありがとう。私も・・・私もシャル君に会えてよかったわ。どこにも行かない。シャル君の傍に居たいもの。それにどこにも行けないわ。どうやってこの世界に来たのか分からないんだもの。」
よし、素直な私。頑張れ、かわいい私。もう、自分の内面を外に出すってなんて恥ずかしくて、難しいんだろう。まず言語化が難しい。そして言語化できたモノを口にするのが恥ずかしい。みんな、そうなのかなぁ。
シャルルは微笑んで私の頬を撫でた。
「ディアはかわいいね。」
「かわいいのは、シャル君よ。」
「はは、かわいい、は、僕としては何だろう、もっと違う言葉が欲しくなるけど、ディアに『かわいい恋人』って言ってもらえるならいいかなって思うよ。でも、ディアの方がずっとかわいいよ。」
「あ、ありがとう。ええっと、靴は一足でいいわ。今日の記念にしたいから、履かなくなっても取っておきたいの。ずっと持っていたいの。」
話を変えようとして、焦って出てきた言葉は、完全に恋に浮かれた女のそれだった。
うわぁ、いつの間に私はお花畑の住人になっていたんだ。でも、今なら分かる。何でも記念日にしたがるあの頭にお花が咲いた人たちのことが。初デートの日、ファーストキスをした日、初めて手を繋いだ日、手料理を美味しいって言ってくれた日・・・もう、誕生日だけでいいじゃんって思っていましたよ、以前は。違うね。大事な人が初めて自分の為に何かしてくれたってだけで、その日が記念日だし、くれた何かは、その日からは大切な何かだ。多分その辺の石ころ一つを拾ってシャルルがくれたら、夜にはきれいに拭いて敷物の上に鎮座しているだろう。今は、買ってもらった靴をずっと取っておこうとするくらいなのですよ。もっと酷いんじゃないかな。それに今日のことは忘れないだろうし、来年の今日はきっと思い出してニマニマしているだろう。
うわぁぁぁ、私もお花畑の住人だ。しかもそれがほのかにむず痒いけど、ほんわか心の中を温かくしてくれている。これが幸福感ってやつかな。うん、もうダメな人の域だ。
あっ、また思考の沼に沈んでた。
ええっと、靴選ぶんだった。
うん。これかな。3㎝ヒールでペタンコではないけど、ヒールも太くて歩き易い。シンプルな白だし、ちょっとついた飾りの石がシャル君と同じ瞳の色でキラキラしている。うん、これにしよう。シャル君色のことは・・・恥ずかしいから内緒で。
私は白い靴を履いて鏡の前に立った。うん、いいと思う。
今日の服にも似合っているように見えた。




