28. 約束
「ねぇ、リオ君。今日は街を案内してくれてありがとう。とても楽しかったわ。それでね、今は私に何ができるか分からないんだけど、リオ君たちの置かれている状況を、今より良くしてあげるお手伝いをしたいと思っているの。それでね、少し私に考える時間が欲しいの。何かできるかもしれないし、できないかもしれない。でも、できないにしてもあがく時間が欲しいの。数日後に必ず考えた結果を伝えるから、もう一度私と会ってくれないかな?」
リオは目を見開き、口をポカンと開けた後、寂しげに笑って言った。
「なっちゃん、本当に俺の事・・・俺たちのこと心配してくれてんだな。もう一度会うのは構わないけど、無理しなくていいよ。」
リオの目には何度も期待しては裏切られた経験を持つもの特有の、最初から期待しない、諦めしか選択肢のない者のような寂しさがあった。まだ14歳なのに。こんな目をすることしかできないなんて・・・泣けてくる。
「うん、無理はしない。でも、必ず何かできないかあがいてみる。信じてくれなくてもいい。一方的に約束するわ。私、頑張るから。
それとね、もうスリみたいな犯罪に手を染めないで欲しいの。少なくとも次に会うまでは。」
リオははっとした表情で、私を見たが、悔しそうな顔で吐き捨てるように言った。
「俺達に餓死しろって言ってるの?」
苦しそうに言うリオに、胸が締め付けられた。
私はシャルルのシャツをキュッと引っ張った。シャルルは優しく微笑んで、頷いた。
「リオ、今日は街案内をしてくれてありがとうな。これ、今日の案内料だ。受け取ってくれ。」
「俺は同情や施しは受けない。特に兄ちゃんやなっちゃんからは嫌だ。」
リオは顔を横にそむけた。うん、いい子。それに私たちからは嫌だなんて・・・リオの矜持はいっぱしの男のものだ。素敵だわ。
シャルルはリオの手にお金を握らせて言った。
「違うよ。これは同情や、施しではないよ。リオが自分の時間を使って僕たちを楽しませようと街案内してくれた労働に対する対価だよ。」
リオはぽかんとした顔の後、困惑した顔をした。
「・・・そういうことなら貰うよ。ありがとう。」
「うん、堂々と貰って堂々と使え。犯罪で得た、後ろめたい金とは違うんだ。」
リオは今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「・・・ありがとう、兄ちゃん、なっちゃん。」
シャルルはリオの肩をポンと叩いた。
「あとこれはアドバイス料な。僕はリオのアドバイスでディアをこの腕に捕まえることができた。感謝している。だから、もらってくれないか。」
捕まえたって、私って猛獣枠?
「・・・いいのか?」
「もちろん。どんなに言葉を尽くしても頷いてくれなかったディアが、リオの作戦で僕の腕の中に落ちてくれたんだ。僕の今までの人生における最大の幸福を得られるきっかけを作ってくれたのは、間違いなくリオだよ。正当な対価だ。
それと、僕はリオ達の将来についてあがくディアを、全力で助けると約束するよ。僕は存外役に立つよ。」
「そうね。腹黒ボンボンだものね。」
私がくすっと笑って揶揄うと、シャルルもくすっと笑った。
「そうだよ。ディアの好きな腹黒ボンボンだよ。」
あらっ、言ってくれるわ。・・・その通りなんだけど。
「二人が貴族だなってのは最初から分かっていたけど、兄ちゃん、俺と年がそう変わらなそうだけど・・・えらいのか?」
「まぁ、そこそこにね。」
シャルルはにやっと笑った。
リオもニヤッと笑って、受け取った金をポケットに入れた。
「俺、兄ちゃんとなっちゃんを信じるよ。お金は・・・ありがとう。これで食い物買うから、スリはやらないよ!」
子供だけど子供でいられない14歳のリオ。絶対何とかしなきゃ。
私は手をぎゅっと握りしめ、決意を固めた。
リオと別れ、街の靴屋にシャルルと来ていた。
シャルルは店員に私の足のサイズを計らせた後、店にあるサイズの合うヒールの低い靴を全部持ってこさせた。私は端からフィッティングをさせられていた。うう、疲れる。
「ディア、どれが良かった。それとも全部買う?」
さすがぼんぼん。全部って・・・。シャルルは上機嫌で私にプレゼントする靴を選んでいた。そこに水を差すのはどうかとは思うけど、そんなに靴はいらないよ。
「全部って、ここの靴そこそこお高いわよね。」
私がため息交じりに言うと、シャルルはにっこり笑った。
「大丈夫だよ。気にしないで。」
「・・・あなた学生よね。パパにもらったお小遣いは自分の為になる有意義なことに使いなさい。」
「パパって・・・違うよ。確かに僕にあてがわれている予算はあるけど、ディアに贈るものは自分で稼いだお金で買うよ。」
「あれっ?シャル君って学生よね?」
私が首を傾げると、シャルルはくすっと笑った。
「そうだよ。でも僕は12歳の時からいくつか事業を立ち上げて、運営しているんだ。父上の教育方針なんだ。だから、僕の兄弟は12歳になるととなんかしらの事業を企画、運営しているんだ。」
へぇ、意外。結構、王子様も実力を試されて大変なのね。蝶よ花よとはいかないんだね。
あれっ?もしや金髪バカも何かやっていたのかなぁ。あれが経営者かぁ?
「ねぇ、シャル君。あの金髪バカも何かやっていたのかしら?」
んー、女好きで色狂いの我が儘ボンボンでしかないと思っていた。もし、彼が何か事業なんてやっていたら、対抗心を燃やしたナディアも何かやっていたに違いない。でも、そんなこと、誰も何も言っていなかった。
シャルルはむっとした顔をした。あれっ、どうしたシャル君。
「・・・元婚約者が気になるの、ディア?」
ん、これって、もしかして・・・やきもち?
「ええ。」
「なんで?」
うん、そうだよね。妬いてくれてるよね。ちょっと嬉しいと思うのは性格が悪いかな。
「だって、あの人が何かしていたら、ナディアも何かしていたと思うのよ。ナディアって、結構気が強くて、とにかくあのバカには負けたくなかったみたいだから。それに彼女、努力家だったの。そういう努力は惜しまなかったと思うのよ。」
「あぁ、そういうこと。てっきり元婚約者に未練でもあるのかと思ったよ。」
「あるわけないじゃない。金髪バカの名前すら覚えていないわ。」
「はは、ごめん。僕が狭量だっただけだね。そうだね、パーティ以前の記憶がないんだもんね。未練なんて生まれないね。第二王子も一つ事業を運営していたよ。最初は彼も関わっていたようだけど、途中からは実質カイル殿が動かしていたようだよ。でも、カイル殿はもういないから、彼の事業は傾く一方だろうね。」
「ふーん、そうなんだ。カイルって優秀ね。」
またまた、むっとした表情にシャルルはなった。あっ、さっきも言っていたっけ。カイルに妬いたって。
なんかかわいい。
シャルルの頬をつついてみた。
「シャル君、かわいい。因みにシャル君は何の事業をしているの?」
「かわいいって嬉しくない。僕は印刷業と宝飾屋だよ。」
「だって、かわいいんだもん。・・・シャル君が妬いてくれるのが嬉しいって言ったら、嫌いになる?」
私は口元に人差し指を当て首を傾げた。
シャルルは目を見張ってじっと私を見た後、はぁっと小さく息を吐いた。
「意地悪だね、ディア。僕はそんなディアをかわいいって思ってしまうんだ。どうしようもないね。」
かわいいって言われた!ううぅ、この世界の男たちのストレートな誉め言葉にはまだ慣れないなぁ。
私は顔を真っ赤に染め上げていた。シャルルはくすっと笑って、私の頬を撫でた。
手慣れてる・・・初めて付き合うって本当かい、シャルル君よ。
「かわいいのはディアだよね。」
なんだその余裕な笑みは。
「・・・シャル君が女の扱いに手馴れてるように見えて、いろいろ疑いたくなるわ。」
おお、頑張った。正直に言えた。ん、待て待て。かわいくない発言ではなかったか?それより嫉妬深い女か?独占欲の塊に見えないか?ええっと、独占欲?すごい、すでに私の中に独占欲があるんだ。つまりシャルルは私のもの、みたいな。ええっと、いいのかな、これって。いわゆる重い女かな。まさか、こんな風になる日が来るなんて・・・人生まだまだ序の口に居るってことなんだね。転生して、彼氏作って、独占欲丸出しで・・・知らない自分がいっぱいだ。




