26. 怖いの
首を傾げる仕草が妙にかわいいシャルルに、こいつやっぱり自分の顔の使いどころを心得てるよ、と心の中で悪態をついた。だって、かわいいんだもん。前世で誰かが言っていた、かわいいは正義だと。今なら激しく同意できる。首がもげそうなくらい縦に振ってしまう。
うん、まぁ、それは置いといて・・・ちゃんと返事をしよう。素直に誠実にだ。
「・・・違わないみたい。今のキスもとても幸福感を感じたわ。私いつの間にかシャル君に惹かれてたのかな?・・・好きになっていたのかな?」
シャルルはくすりと笑った。何、その余裕な態度。何だかシャルルの方が年上のようだ。ちょっと悔しい。
「うん。そうだと思うよ。」
「やっぱり、そうなのね。」
「うん。ぼくと付き合ってくれるよね。」
「・・・そうね。付き合って欲しい所があるわ。」
シャルルは苦笑いを浮かべた。
「付き合う違いだけど・・・因みにどこかな?」
「靴屋よ。私の今日の靴、7㎝ヒールなの。ペタンコの靴を買いたいの。次にシャル君と会う日の為に買うわ。ペタンコの靴なら、シャル君と今より身長差ができるわ。・・・シャル君の隣りは小さくかわいい女の子の方が似合うものね。」
私は頬に熱が集まるのを感じ、顔を横にそむけた。
なんか素直なかわいい言い方ができない自分がちょっと情けない。シャルルの隣に居たいってストレートに言えばいいのに。それに、身長差を作りたいって、またキスしたいって言っているようにも聞こえる。・・・その通りなんだけど・・・。
うわぁ、色ボケてきてる。
シャルルは目を見開き驚いたような顔をしていたが、すぐに嬉しそうに笑った。
「僕にその靴を贈らせてくれる?いや、僕が贈るよ。いつでもディアと絵になるように、ね。」
あっ、気付かれてる。うん、そういう笑顔で、そういう発言だよね。ごめんね、かわいくなくて。でも、言葉にしないと伝わらない。頑張れ、私!
「ふふ、靴ぐらい私が買うわ。そのぅ、また、シャル君とね。」
ああ、そうじゃない。甘えきれない、私。全部言えない、私。言葉濁してどうする!
「僕が贈る。絶対僕が贈る。贈りたいんだ。いいでしょう、ディア?」
シャルルは破顔していた。眩しい。うん、王子様って眩しいんだ。
それに、かわいい。何だ、女の私よりかわいいって反則じゃないか。
「かわい過ぎよ、シャル君。ああ、靴だったわね。シャル君から靴を受け取ったら逃げられないじゃない。」
やっぱり憎まれ口がぽろっと出て行った。素直に嬉しいって言えないかな、私のお口は。
「逃げるの?逃げたら僕はどこまでも追いかけるよ。きっと僕の方が若いからすぐディアを掴まえるよ。掴まえたら絶対離さないから、逃げるなら覚悟してね。」
黒い空気をまとった笑顔で含みのある言葉を放つシャルルは、なかなかの圧がある。やだ、私、こんなシャルルもいいと思っちゃった。もう、どれだけシャルルに落ちてるんだろう。
そういえば、前世に読んだ本の中の一説にあったっけ。恋をすると誰もが愚かになるって。うーん、これが恋ってやつかぁ。えっ、恋?私が?やだ、これって初恋ってやつ?甘酸っぱい世界にとうとう足を踏み入れたって事でしたかぁ。
「駆けてみようかしら。ペタンコ靴なら走れそうよね。」
「僕を試すの?」
「試さない。私、これでも初めての恋に浮かれているし戸惑っているの。落ち着かなくて走りだしたい、そんな気分なの。」
そう、とにかく自分の気持ちを理解したら、落ち着かないのだ。今すぐにでも走り出したいくらいに。そう、意味のない言葉を叫びたいくらいなのだ。何だ、この落としどころの見つけられないむず痒い気持ちは。
シャルルはとても楽しそうに笑っていたが、すぐに真剣な顔になって言った。
「僕と婚約してください、ディア。」
ど、どうしよう。頷けば私の恋は成就して、このかわいい人を私のものにできる。簡単だ。
でも好きだからこそ、私というお荷物を、どこから来たのか分からないような女を、シャルルに背負わせるのは酷というものだろう。彼がかわいそうだ。私に何か転生チート的なシャルルの将来に役立つプラス要素があれば別だけど、今の私は中身の変わった公爵令嬢。
うーん、私って、こんな時まで素直じゃない。流れに身を任せれば、私は初恋成就で幸せだというのに、こんな時まで理屈っぽく、シャルルを受け入れない理由を探している。かわいくない。
あっ、いや、違うな・・・かわいくないんじゃなくて、臆病なんだ。なんだかんだ言って受け入れなければ、シャルルがこの先私を知って幻滅しても、裏切っても、深く関わらなければ傷は浅くて済む。でも、うんと頷いてしまったら、今以上に深く付き合うことになる。深く私を知った彼が、こんな奴だとは思わなかったとがっかりしたら・・・うん、それが何より怖い。私に失望して、私よりずっと年下のシャルルにポイっと捨てられたら・・・立ち直れなそうだ。怖い。彼を受け入れるのが怖い。
私は絶妙な匙加減でいい女でいることなんてできない。所詮私だ。シャルルは今は私に恋したてで、私が良く見えちゃうフィルターがかかっているだけなのではないか?ある程度時間が経って、そのフィルターが外れたら・・・。
そんな、自信のなさが、臆病な私にしているんだ。
私はたぶん気が強い方だ。でも、こんなに恋に対して脆いなんて・・・そして、そんななのに、シャルルの隣でかわいく笑う女の子になりたいとも思っているんだ。なんて自分勝手なんだろう。こんなに誠実に私と向き合ってくれてるシャルルに対して、申し訳ないほどの身勝手な私。私以外のかわいい子を掴まえなさい、と言いつつ、その子と仲良くしてほしくないなんて・・・うわぁ、自分の本質に泣けてくるわ。
「うぐっ・・・。」
涙をぽろぽろ流す私はきっとかなり醜い顔をしている。でも止まらない。
シャルルはそんな私を見て、困惑した顔をして苦笑いを浮かべた。そして、指の背で涙をそっとふき取って、優しく抱きしめた。
「そんなに僕との婚約は嫌?」
私はシャルルのシャツをぎゅっと握った。
「ううん。嫌じゃない。嫌なのは自分。傷つくのが怖くて、臆病で、身勝手な自分が嫌。」
「臆病?ディアが?」
「・・・ええ、シャル君と一緒に居たいのに、一緒に居て私をより知ったシャル君にがっかりされるのが怖いの。薄っぺらいもの私。こんなはずではなかったとシャル君に嫌われるのが怖いの。さんざん他の子勧めといて、シャル君がその子とスキンシップを取るのが嫌って思っている自分の身勝手さが嫌なの。」
ぐちゃぐちゃな心の中を、ぐちゃぐちゃなままの言葉に私はした。
抱きしめていたシャルルの腕に力が籠った。
「泣いているディアには申し訳ないんだけど、僕は怖がっている思いが嬉しくて、ディアがすごく愛おしい。僕こそディアにふさわしくなれるのか分からないし、ディアに失望されるのが怖いよ。年が下なだけに余計にね。
でも、放したくないんだ。この腕の中にやっと収まってくれたディアを、もう放すことなんてできないよ。どんな僕になったとしても、隣にはディアに居て欲しい。ずっと僕の腕の中に居て。
好きなんだ、ディア。」
シャルルは頭を私の肩に摺り寄せた。
「私はこんな時にも素直になれない、かわいげのない女よ。それでもいいの?」
「いいよ。ディアのそんなところも好きなんだ。」
「物好きね。」
「ディアもね。」
「そうかしら。シャル君はいい子よ。」
「腹黒ボンボンだよ。」
「そうだったわね。それにあざといわ。」
私はふふっと笑った。あら、すっかり涙が止まったわ。シャルルは話し上手ね。
「そんな僕も含めて好きになってくれたんだよね?」
「ええ、私も物好きだったのね。」
私は何となくシャルルの頭を撫でた。
シャルルはびくっと体を硬直させたかと思うと、顔は見えないが明らかに楽しげに笑った。




