23. 無自覚さん
「そうだな、数年後に仕事を見つけられるような教養や技術を身に着けさせるのが理想だよね。住み込みで働きながら、読み書きなどの教育を受けさせる、って言うのが理想だね。」
うわぁ。児童福祉法なんてないんだよね。こんな小さい子に働かせることに抵抗がないなんて・・・でも郷に入っては郷に従え、だ。この感覚を受け入れなければならない。その上で、どうするか、だ。
「なら、公爵家で抱えられないかな?それぞれが仕事を覚えつつ、教育を施して、何年か後には自由に仕事を選ばしてあげる。そういうのって可能かな?」
「うーん。普通はやらないね。だって、彼らが君らの家に不利益な行動をとらないとは限らないだろう。そんな危険を冒してまで、人を雇ったりはしないね。」
「うん、そうだよね。でも私はリオ君たちを信じたい。リオ君のやってきたことは悪いことだよ。それがなかったら、この子達は死んでた。この子達が悪いんじゃないんだよ。環境が、社会がそうさせてるんだよ。私は善人でも聖人でもないけど、この子達を見捨てることができない。」
苦しい。シャルルに食い下がるのは間違っているのかもしれない。けど・・・けど・・・。
「ナディア、君は優しいね。僕はそんなナディアの力になりたい。」
ふぅっと小さく息を吐くとシャルルは困ったように笑った。
「今、すぐに連れて帰ることは無理だよ。でも、今日帰ったら、アルフレッドをはじめとする君の家の者に相談してみよう。どうにか受け入れる方向で話し合ってみよう。僕からも公爵殿に話を通す時に口添えするよ。」
「ありがとう。嬉しい。頼りにしているわ。」
私がふわっと心からの微笑みをシャルルに向けると、シャルルは口元を押さえ頬を赤らめた。
「ナディア・・・かわいい。」
「ええっと、褒められてる?」
私も頬を赤く染めた。
「・・・うん。」
シャルルと私がもじもじとしていると、食事を済ませたリオが話しかけてきた。
「兄ちゃんとなっちゃんは恋人同士か?」
私が首をブルブルと横に振ると、シャルルは苦笑いをした。
「今、口説いている最中なんだ。」
「ふーん、なっちゃん、兄ちゃんきれいな顔してるし、金持ちそうだし、何が不満なんだ?」
「なっちゃんってなんかかわいい呼び方ね。シャル君に不満はないわ。」
「じゃぁ、付き合ってやれよ。」
「おっ、いい事言うな、リオ。ナディア、リオもこう言っているんだ、婚約しようよ。」
「だからね、シャル君はとってもいい子だから、私なんかよりもっとかわいくていい子を選びなさいって言ってるの。」
「えっ、なっちゃんもいい女じゃん。優しいし、美人だし、色眼鏡で人を見ない。ちゃんと俺みたいなやつの話を聞いてくれる。なっちゃんはいい奴だよな。」
「そうなんだ、ナディアは素敵なんだ。だから、ナディアがいいって言っているんだけど、なかなか頷いてくれないんだ。どうしたらいい、リオ?」
「俺に聞くなよ。そうだな、なっちゃんはどんな男ならいいんだ?」
リオは面倒くさそうに聞いてきた。あら、いい子ね、リオ君。シャルルも何を聞いてるんだか。まぁ、正直に答えよう。
「結婚相手に求めるのは、キスが嫌じゃないこと、よ。」
あら、言っていて恥ずかしい。頬に熱が集まるのを感じ、私は両手で頬を押さえた。
リオはキョトンとした顔をして、大きく息を吐いた。
「じゃぁ、試せばいいじゃん。簡単だろう?」
「だよなぁ。でも、ダメなんだよ。ナディアは理想のファーストキスってのがあって、それに合う男とならキスしてもいいって言うんだ。それが背の高い男が少し屈んで、ナディアが背伸びして、キスをすることなんだ。ほら、僕とナディアだと僕が少し高いだけだろう。だから選考外でチャレンジもさせてもらえてないんだ。今、成長期だから、まだまだ僕の背は伸びるよ。でもさぁ、背が伸びるのを待っていたら、あと数年経たないとチャレンジさせてもらえないことになるよね。そんなに待っていたら、ナディアを他の男にとられちゃうよね。」
リオは顎に手を当てて考え込んだ後、ニヤッと笑った。
「なぁ、兄ちゃん、耳貸して。」
リオはにやにやしながら、シャルルの耳に顔を近づけて小声ではなした。
シャルルはぱぁっと明るい表情になった。
「リオ、君は天才だな。」
「おっ、おう。いいだろう?やれそうか?」
「ああ、やってみよう。どこかいいところはあるかな?」
「うーん、ちょうどいいところがあるよ。行ってみる?」
「ああ、案内を頼めるか?」
「ああ、任せとけ。」
シャルルはリオとの間で話をまとめると、私に向かって言った。
「ナディア、リオに街案内を頼んだよ。行こう。」
そう言って、シャルルは立ち上がって、私に手を差し出した。私はとっさに手を乗せた。するとシャルルはするっと手を滑らし手を繋いできた。あらあら、流れるように手を繋ぐなんて、手慣れてるわ。誰とつないで、慣れた手つきになったのかしら。何だかムカつくわ。あれ?ムカつくって何?なんで?
うん、分からないことは後で考えよう。
「リオ君、よろしくね。」
「なっちゃんさぁ、この兄ちゃんが他の女とイチャイチャしても、なっちゃんはいいのかよ。」
「イチャイチャ?」
「うん。ほら兄ちゃんきれいな顔してんだろう。ほっといても女が寄ってくるだろう。選び放題なんだから、その中の一人を選んで、その女抱き締めて、キスをして、とかできるだろう。それを見て、良かったね、とか言えるのかよ。」
リオが素朴な疑問といった感じで聞いてきた。
私は頭の中で令嬢A子を想像した。シャルルに合うのは、小柄でお目目パッチリなかわいい子。その子をシャルルが優しい微笑みを向けて、優しく抱きしめる。ちくん。ん、ちくん?胸が苦しい。何故だろう?うん、分からないから、後回しだ。抱きしめたらキスするんだっけ。シャルルが令嬢A子の顎を掬って、目を閉じて、顔を近づけて・・・ダメ、ダメでしょう。そんなことしちゃぁ、ダメだよね。その子にキスしちゃだめよ、シャル君。あれ?だめって何?シャルルにかわいい子にしろって言ったのは私じゃない。令嬢A子はそんな理想的な子。それなのにだめって・・・私、どうしたんだろう。考えと気持ちが一致していない。あれ、気持ちってなんだ?
「どうしたの、ナディア?」
シャルルが心配げに顔を覗き込んできた。
私は思考の途中で何となくぼつぼつと答えた。
「今ね、シャル君と令嬢A子のイチャイチャを想像していたんだけど、シャル君が令嬢A子を抱き締めたら、胸がちくんて痛くて苦しくなったの。何でか分からなくて、それは置いといて、シャル君と令嬢A子がキスをしようとしたのね。それを、私がダメって止めたの。令嬢A子はもちろんかわいくていい子なのよ。シャル君にお似合いのかわいい子。それなのに、ダメ―って叫んでいる私がいて、私言ってることとやっていることが一致しないなぁって、何でだろうって・・・。」
独り言のように話す私に、リオは呆れ顔だ。シャルルは口元を押さえ頬を赤らめていた。私は、二人のそんな様子を見て、余計なことを言ったことに気付いた。
「あっ、ごめんなさい。どうでもいいことを言ったみたいね。忘れて。」
「なっちゃんさぁ、俺でも分かるよ、それ・・・。」
リオが呆れ顔で言った。何だとぉ、私(精神年齢20歳)が分からなくて悶々としているのに、14歳のリオには分るだとぉ。リオ、14歳って嘘だろう。
「・・・どうしよう。嬉しい、ナディア。」
シャルルは破顔した。おお、眩しい。眩しいよ、さすが王子様。それにしてもシャルルも失礼な。私が悶々と悩んでいるのに、嬉しいって何?その笑顔は何?かわいいじゃない。
シャルルは繋いだ手の指を絡め、いわゆる恋人つなぎをしてきた。




