22. どうしたらいい?
「リオ君は今いくつなの?」
私達は食堂に入り適当に消化のよさそうなものを頼んで、話を始めた。六人掛けのテーブルだったので、私の隣にシャルル、その隣にリオ君、そして向かいの三席にリオ君の連れである少年少女が座った。
「14。」
おおっと、10歳くらいかと思っていたわ。シャルルとアルフレッドと同じ年だった。というのも顔付が幼いこともあるけど、体が小さいのだ。うーん、ちゃんと食べれなかったみたいだし、そのせいかもしれない。
「何でスリなんてしていたの?」
「俺たち、同じ孤児院にいたんだ。王都の外れにあったやつ。皆捨て子だ。その孤児院はもともと俺たちにとって、居心地のいい場所ではなかったけど、最低限の食事と寝床はあった。でも、ある日突然、孤児院は閉鎖されるから出て行けって言われたんだ。俺たちは着の身着のまま放り出された。他の奴らは文句を言いながらもあちこちに散っていった。俺も、動こうとしたんだけど、こいつらが目に入ったんだ。幼くてどこにも行く当てもない。このまま放っておいたら、野垂れ死ぬか、どこかに攫われて売られるか・・・いずれにしろ碌な未来はない。俺だって、同じような状況だったけど、見捨てることができなかったから連れてくことにしたんだ。俺だって、スリなんてしたくなかったよ。でも、働かせてくれって言っても、俺、年齢相応に見えないだろう。幼いからダメだと断られた。たまに、力仕事を手伝って小遣い程度を貰えることはあって、それで食いつないでたんだけど、それもなくなって・・・こいつらを餓死させたくなくて・・・それで何度かスリをした。取った金は食べ物を買うのに使った。悪いことだって分かっている。でも・・・こいつらは何もしていない。俺だけだ。」
リオ君は、どんどん顔を俯かせ、声も弱弱しくなっていった。この子、何も悪くないじゃない。ああ、スリは悪いことだけど、生きるため、小さい子達を生かすために一人頑張ってきたんだ。こんな幼い子が・・・パン一つのために頑張ってきたんだ・・・。
何だろう、この気持ち。やるせない。
私はなんだか転生しちゃって、訳も分からない環境だったけど、食事も寝るとこも服も、何も心配することはなかった。なんて私は恵まれていたんだろう。前世を過ごしていた日本だって、この子達のような状況はほぼなかったと思う。もしかしたら見えてなかっただけかもしれないけど・・・少なくとも見えるとこにはなかった。なんて、私は恵まれていたのだろうか。
「ナディア、これ使って。」
シャルルはハンカチを差し出していた。
あれっ、私泣いてる。しかも、ボロボロと泣いていた。向かいに座る少女が心配げに私の顔を見た。
「おねいちゃん、どこか痛いの?それとも、お腹空いたの?これ美味しいよ。私のあげるから、元気出して。」
うう、優しい。泣いていることが、空腹に繋がるって、この子も空腹に涙したことがあるんだ。こんなに小さいのに・・・。
シャルルに借りたハンカチで涙を拭いて、できるだけ優しく微笑んだ。ナディアは美人だけど、顔がきつく見えるからね。怯えさせてはいけないわ。
「ありがとう。お姉さんは大丈夫よ。お嬢さんはいくつかな?」
「うーんとね、五つ。この子は四つだよ。」
手を命一杯広げて、年齢を答えた少女にしがみつくようにべったりくっついている子は、恥ずかし気にこちらを見ていた。
「僕はいくつ?」
「六つ。」
少年はがつがつ食べながら答えた。
確かに、リオが見捨てていたらこの子達に明日はなかったね。
「そう。ああ、食べ物は逃げないからゆっくり食べなさいね。お腹がびっくりして、痛くなってしまうわよ。」
「「「はーい。」」」
お返事できる、いい子達ね。
私はリオ君の方を向いて聞いた。
「今はどこに住んでるの?」
「この先に管理者のいない朽ちた教会があるんだ。屋根と壁も一応あるから、そこで寝てる。」
「そう。雨や寒さはしのげているのね?」
「まあ、一応な。」
「リオ君は文字や数字は読める?計算はできる?」
「文字や数字は読める。孤児院に居た時に少し習った。計算は少しだけできる。」
「そう。」
うーん、どうしたものだろう。やっぱりこの子達に必要なのは最低限の教育よね。あと、食事と寝るとこを心配することない環境。
「ねぇ、シャル君。この世界って平民でも文官とかになれるのかしら?」
「まぁ、なれるよ。ただし試験に受かったらだ。年に一人二人採用されているよ。」
「そう。平民の通える学校ってあるのかしら?」
「あるが、ほとんどの平民の子は通えない。裕福な平民が貴族の通う学校に通うんだ。貴族向けに見えるけど、どの学校は授業料が高いから、結果貴族しか通えないんだ。実は入学試験さえ通れば、誰でも通える、と、表向きはうたっているよ。」
シャルルは苦笑いを浮かべた。
「そう。平民の識字率はどれくらいかしら?」
「そうだね、簡単なものを読むだけなら5割、読み書きとなると1割って言ったところかな。」
「それはどこで習うのかしら?」
「裕福な家庭は家庭教師をつけているね。他は簡単な生活に必要なものを親から学ぶって感じかな。」
「ふーん、やっぱりそんな感じなんだ。」
「やっぱり?」
「あるある的にそういう設定の世界が多かったのよ。身分世界の弊害ね。」
「そうなんだ。・・・リカのいた世界ではどうだったの?」
シャルルは首を傾げて聞いてきた。何だろう。この仕草が妙にかわいい。ああいけない。横道にそれる。
「6から15歳までは義務教育と言って保護者、まぁ親ね、が子供を学校に通わせなければならなかったの。で、そこで、読み書きや計算、あとは世の中のこととか基礎的なことは学ぶのよ。だから識字率は9割を超えていたわ。四則演算も8歳くらいまでに基礎的なことなら誰でもできたわ。」
「へぇ、それは素晴らしいね。」
王子の顔付でシャルルは食いついてきた。やっぱり、この子は高い教育を受けてるし、為政者側としての感覚もちゃんとある。彼はやっぱり王子なのだ。
「そうね。今ならそう思うわ。」
そう、リカの時は学校に通うのは当たり前だったから、それが恵まれてるなんて気づきもしなかった。戦後日本の教育は頑張っていたんだ。離れてみて初めて分かったよ。
「ねぇ、シャル君。一時しのぎでしかないことは分かっているんだけど、何かできないかな?彼らの事情を知ったら、このまま放っておけない。でも、私、お金を自分で稼いでないから、勝手が分からないの。私は彼らの未来を明るくするには、教育しかないと思うの。でも、すぐにこの世界の社会状況を変える力は私にはないわ。それでもこの子達を放ってはおけない。偽善でもいい。何とかしたいの。ねぇ、どうしたらいい?」
私はシャルルの袖を掴み、思いの丈をぶちまけた。シャルルは私が掴んだところをじっと見た後言った。
「ナディアが、僕を頼っている・・・えっ、本当!?」
「だって、私じゃ、分からないもの。シャル君の方が分かるんじゃない?」
私が縋るように言うと、じっと私の目を見ていたシャルルは言った。
「冷たい言い方をすれば、見捨てるべきだ、と多くが言うね。この子達のような状況の子は、残念ながら多くいる。この子達を救ったとしても、それは一握りにもならない者を救ったに過ぎない。何の解決にもならないだろう。でも、ナディアはそれが嫌なんだよね。」
私はこくんと頷いた。
「そんなことは分かっているの。でもリオ君たちの力になりたい。甘いことを言っているのは分かっているの。でも・・・だめかな。」
眉を下げ、上目遣いでシャルルを見るとシャルルはぐっと息を飲み、頬をほんのり赤らめた。そして、シャルルはふぅっと小さく息を吐いて、微笑んだ。
「ナディア、その顔は反則だよ・・・。」




