21. リオ君
私はハンカチを取り出し、シャルルの口元を拭いた。
「ついてるわよ。いい男が台無しよ。」
恥ずかしそうに俯き口元を指の背で拭くシャルルをよそに、私はハンカチをしまいながら、話を続けた。
「ほら、何となくでいいから左前方の、10歳くらいかな、男の子がうろうろしてるの分かる?あの子、ずっとターゲットを探しているみたい。おめでとう、シャル君。そのターゲットにあなたを選んだようよ。シャル君がお金を持っているように見えたんでしょうね。狙っているわよ、彼。」
シャルルはふっと顔を上げ、少年の存在を確認した。
「何でそう思うの?」
「見ていれば分かるわ。行動に何か違和感があるし、ちらちらっと今もあなたのことを見てる。それに後ろの建物の影にお仲間の子達がいるわ。隠れているつもりでしょうけど・・・きっと素人スリ君たちなのね。」
「本当によく見てるんだね。」
シャルルは楽しそうに笑った。
「もう、習慣ね。シャル君、掏られた経験はある?」
「ないね。」
「そう、初体験行ってみる?」
私がニヤッと笑って言うと、シャルルもニヤッと答えた。
「・・・なんか淫靡な響きだね。」
「・・・エロガキ。まぁ、いいわ。男は誰でも大なり小なりそうだっていうものね。で、どうする?」
「せっかくのナディアのお誘いだからね。初体験、したいな。」
「・・・なんかエッチな言い方ね。」
「僕も男だからね。」
シャルルはにやっと蠱惑的笑みを見せた。あらあら、腹黒さん、あざといわ。
あーいやいや、今はそんなこと考えている時じゃないか。そんな事より目の前のスリ君よね。
『あるある』的、イベント発生ってやつね。うーん、あの子と少し話してみたいな。
「ねぇ、シャル君。あの子と少し話してみたいな。ぶらっと歩いて食いついてきたところを、サクッと掴まえられるかな?」
シャルルは不思議そうな顔をした。
「何を話したいの?」
「うーん、何って言われると、これっと言えないんだけど。なんか気になるの。だめかな?」
そうなのだ。何か強い信念とかあるわけではないのだ。ただ、興味があるだけだ。無茶ぶりかな?
シャルルは微笑んで立ち上がって、私に手を差し出した。
「僕は好きな人のお願いに弱いんだ。それに、ナディアも初体験でしょう。一緒に初体験したいな。」
私はシャルルの手に自身の手を置きながら苦笑した。
「・・・エロガキ。まあ、いいわ。・・・初めてなの。優しくしてね。」
上目遣いで控えめに微笑んだ。どうだ!エロガキ!
「・・・ナディア、僕をからかって楽しい?ナディアの方がエッチだよ。」
あら、頬が赤いわ。言っていて恥ずかしいけど、なんか満足だ。
シャルルはふぅっと小さく息を吐くと真面目な顔になって言った。
「僕が何があってもナディアを守るけど、ナディアもくれぐれも無茶な行動はしないでね。いいね。」
中々きれいな顔の子に言われると圧があるわ。守るってなんかくすぐったい言葉ね。
「ええ、分かった。シャル君も無理は駄目よ。」
「優しいね、ナディア。大丈夫だよ。任せてね。」
シャルルが今度は屈託のない笑顔を見せた。その方がいいね。ちょっとドキッとするいい笑顔だわ。えっ、どき?何だ、それ。うーん、情緒が不安定ね。
私達が歩き出すと、案の定スリ君もさり気なく距離を取ってついてきた。わざと人の少ない、お仲間がいる建物の方へ歩いて行くと、スリ君は行動を起こした。バンと勢いよくシャル君にぶつかってきた。シャル君はひょいっとスリ君の首根っこを掴み、腕を後ろにぎゅっとひねり上げた。スリ君はバタバタと暴れた。
「放せ!」
私はスリ君からシャルルの財布を取り上げた。
「はい、人のお財布を取るのは犯罪よ。駄目でしょう、そんなことをしては。」
私がそう言うと、スリ君はとてもきまり悪そうな顔をした。すると、建物の陰に隠れていた少年と少女二人がシャルルの足元に絡みついた。
「兄ちゃんを放せ!」
「放して!」
シャルルは困ったような顔をした。そうだよね。まあ、そうなるよね。私も頑張るかぁ。
「少年。私、あなたと少しお話をしたいの。警備隊とか騎士団とかにつき出したりしないから、逃げないでくれるかな?」
スリ君は目を吊り上げ叫んだ。
「そんなこと信じられるか!」
「まぁ、そう言わず。信じなくてもいいけど、本当に話がしたいだけなんだよ。だめかな?」
スリ君が何かを言おうとしたところ、ぐぅぅっと大きなおなかの音が聞こえた。
シャルルの足のしがみついていた一番小さな少女のお腹が鳴ったらしい。
「・・・お腹空いたぁ。」
他の子達も自身のお腹に手を当てた。スリ君は眉を下げた。よし、胃袋を掴んだら勝ちだとどっかで聞いたことがある。それだ!
私はしゃがんで小さな少女に目線を合わせた。そしてできるだけ優しく微笑んだ。
「お腹が空いたの?いつから食べていないの?」
「昨日の朝、兄ちゃんがパンをくれたの。」
えっと丸一日食べてないってこと?こんな小さな子が?
「あなた達も?」
他二人にも聞くとこくんと頷いた。
「兄ちゃんはもっと食べていない。俺達にくれたから。」
少年が俯いて言った。スリ君を見ると、何とも言えない顔をしていた。悲しいような、悔しいような、何かにあらがうような・・・。
「ねえ、お姉ちゃんが何か食べる物を買ってあげる。だからそれを食べている間、お話しするって言うのはどうかな?」
少年たちが顔を上げ、目をきらめかせてスリ君を見た。
スリ君は、とてもためらった後、ぼそっと言った。
「施しは受けない。俺たちは物乞いではない。」
おおっと。スリ君、かっこいい。この年でそれが言える矜持を持っているなんて・・・いいね。気に入った。
「施しではないわ。私にそんなことをする趣味はないわ。聖人君子ではないもの。でもね、あなたにとても興味があるのは確かで、話がしたいというのも本心なの。そうね、こう考えてくれない?話を聞く対価として私は食べ物を提供する。あなたは食べ物を受け取る代わりにちゃんと嘘偽りなく話す。どう?これなら納得できないかな?私は話を聞けてハッピー、あなたは食べ物を得られてハッピー、ウインウインの関係じゃない?どう?」
シャルルもスリ君も目を丸くしていた。スリ君は大きくため息をついて、シャルルに言った。
「大丈夫か?この姉さん。兄ちゃん、この姉さん危なっかしくないか?スリをした俺が言うのもなんだけどさぁ。」
シャルルは苦笑した。
「そうなんだ。でもそれが彼女の魅力の一つなんだよ。」
「兄ちゃんも苦労してんだな。」
「はは、楽しいもんだよ。」
スリ君はふぅっと小さく息を吐いて言った。
「分かった。兄ちゃん、逃げないから放してくれよ。姉さん、何でも話すから、こいつらを食べさせてくれよ。」
シャルルはスリ君を放した。私は彼の手を両手で包んで、満面の笑みを浮かべた。
「ありがとう!嬉しいわ。私はナディアよ。なっちゃんと呼んでね。あなたのお名前は?」
「リオだよ。」
「リオ君ね。よろしくね、リオ君。こっちはシャル君よ。」
「・・・兄ちゃん、姉さ・・・なっちゃんは大丈夫なのか?こんなに警戒心無くて。兄ちゃんたち貴族だろう?警戒心薄すぎじゃないか?」
「はは、分かるか、貴族って。まぁ、そうだよね。うーん、警戒心の薄さも彼女の魅力だからね。代わりに僕が頑張るからいいんだ。」
「兄ちゃんもたいがいだな。まぁ、兄ちゃんがいいって言うなら余計なお世話だな。」
「ははっ、お前いい奴だな。」
「何言ってんだ。俺はスリだぜ。」
私は二人のやり取りを聞いて、話に割って入った。
「あら、スリでもいい奴はいい奴よ。騎士だからって、意地悪なのはいっぱいいるでしょう。職業とその人の本質は別物よ。私も、リオ君はいい子に見えるわ。」
「・・・やっぱりなっちゃんは危なっかしいな。」
頬を少し赤らめリオは言った。
「さぁさぁ、ご飯にしましょう。シャル君、どこに行けばこの子達にご飯を食べさせて、リオ君と話ができるかしら?」
「ああ、食堂でいいんじゃないか。この辺だとあの角の食堂がいいんじゃないかな。」
シャルルは赤い看板を指した。
「いいわね。それと聞きづらいんだけど、アル君がこれだけお金を持たせてくれたの。これで、この子達にお腹いっぱい食べさせてあげられるかな?」
私はお財布の中を見せた。今一つ、この世界のまだ金銭感覚が分からない。うん、学ぶべきことはまだまだあるわね。
シャルルはにっこり微笑んだ。
「大丈夫。充分だよ。でも、僕が出すから、ナディアはそれをしまっておいてね。」
「それは駄目よ。私が言い出したことだもの。私が出すわ。」
「はは、いいんだよ。デートだからね。男に恥はかかせないでね。」
シャルルはにやっと笑った。
「・・・分かったわ。お言葉に甘えるわ。・・・ありがとう、シャル君。」
ああ、どうしよう。シャルルがいい男的オーラを背負っているように見える。うん、知れば知るほど、シャルルはいい子だ。




