19. 街歩きといえばアレ
アルフレッドは執事長と侍女長に私がシャルルに午後からデートに誘われたことを伝えると、屋敷の中がにわかに活気づいた。
侍女の皆さんがどっと私の元にやって来て、ぱっと服を脱がされ(風呂は一人で入りたいっていう間もない)、湯あみで磨かれ(自分でしたいとはとても言えない迫力の侍女さんたち)、なんだかかわいく薄化粧され(プロ!)、あーでもないこーでもないと洋服のコーディネイトを議論され(そこに私の意思はない)、仕上がって鏡の前に立つ私はきつめ美人ではなく、かわいい系令嬢になっていた。何だろう、メイクと服でここまで変われるもんなんだぁと、感動してしまった。
それにしてもナディアは高位貴族令嬢で美人でスタイルもよし。うん、リカの時より高スペックだ。例え、よくある知識チートとか(薬学とか医師とか看護師とか医学系チートが多かったわよね)、ゲーム攻略者チートとか(ブラックな職場に勤める社畜女子の唯一の楽しみ的にドはまりしているのが多かったと思う)、そんなもの全くないけど、このナディアは転生条件としてはいいんじゃないだろうか。
そう思うとこれからのナディア人生を頑張れそうだ。
まずはシャルルとのデートだ。えいえい、おー!!
はい、あっという間にデートの時間。
シャルルは簡素な馬車に乗ってやってきた。そして服装も白い飾り気のないシャツと赤茶色のパンツ、茶色い縁の伊達メガネに、茶色いチェックのハンティング帽姿のシャルルは髪も軽く茶色く染めていた。まぁ、金髪だとすぐ王子って分かっちゃうもんね。王子のお出かけも大変ね。
でも、この格好は前いた世界の男の子のカジュアルファッションに一番近く見える。なんか落ち着く。 だってね、前いた世界でキラキラ宝飾品を付けるのも、ぴらぴらフリルもある服を着るのも全部、テレビの中のそれなりのかっこいい顔のグループアイドルぐらいだったと思う。実生活で駅で電車を待つ中には居なかった。最近になって見慣れてきたが、今だにええぇっとか思ってしまう。今のシャルルのファッションは私に優しいね。
「ナディア、お迎えに来たよ。」
「お待ちしておりました。」
にっこり笑顔のシャルルに、私もにっこりと返した。
私はシンプルなひざ下丈のワンピース(淡い黄色に白いレースのついた襟)、ブルーの7㎝ヒールの靴、それに合わせてかブルーの小さな宝石のついたイヤリングとネックレス、黄色の花の周りに青い小花がちりばめられた髪飾りという、侍女の皆さん渾身のコーディネイトだった。
シャルルは私を見て口元を片手で押さえた。
「ナディアが服を選んだの?」
「いいえ、侍女の皆さんにお任せよ。」
「はは、そうだよね。・・・うん、とても似合っている。かわいいね、ナディア。いつもは美人なナディアも、そういった格好をするとかわいいね。」
私はドストレートな誉め言葉に頬が熱くなっていった。何だろう、ここの世界の人って、簡単に誉めてくれる。特に男性は女性を誉める。これって、異世界あるあるだよね。どうも、慣れない。しかもイケメンがホメてくるんだ。あなたの方がきれいだ、と言いたい。私が言葉に詰まっていると、アルフレッドが助け舟を出してくれた。
「姉さんは男性に不慣れなんです。特に、男性からの賛辞には戸惑うようです。殿下、お手柔らかにお願いします。」
「あー、お世辞だと思ってる?僕はナディアにお世辞は言わないよ。本音でないとナディアは取り合ってもくれないでしょう?だから、かわいいとちゃんと思っているからね。」
シャルルは屈託のない笑顔で私を見て笑った。
うん、君は生まれながらの王子様だ。キラキラだよ。シンプルな装いなのにノーブルオーラに満ちてるって、どんだけ異世界モノの王子様なんだ。目に優しくないレベルだよ。
私がグルグルと思考をめぐらしている間に、気付けばシャルルにエスコートをされ馬車の中で進行方向を向いて座っていた。窓の外を見ると、執事以下公爵家の執事以下従業員?の皆様が頭を一斉に下げているのが見えた。おおっ、すごい。ナディアってばお嬢様!
シャルルは向かいに座っていた。うん、紳士。されげなく負担の少ない席に座らしてくれる。14歳の中坊にこれだけの気遣いができるのだろうか?そんな事より、早くに大人になることを求められる世界は、総じて寿命が短いことが多い。多分この世界も平均寿命が、50から60なのだろう。それもなんだかなぁ。折角なら長生きしたいんだけどな。
前世でヒトの細胞は115歳までは生きれるようにできていると、有名な科学者の先生が発表されていたのを聞いたことがある。115までとは言わないがせめて70くらいまでは頑張りたいものだ。うん、どうやってそこまで食いつないでいくか考えないといけないね。
「街に行ったことはある?」
シャルルは機嫌よさげに聞いてきた。よっぽどナディアとのお出かけが嬉しいのかな。
私は首を横に振った。
「まだよ。この世界を知ることに忙しかったの。カイルとお家でお勉強の日々を送っていたの。行ってみたいとは思っていたから、楽しみだわ。」
「・・・カイル殿は優秀な家庭教師なんだね。」
「ええ、そうね。おかげで基礎知識は何とかなりそうよ。」
「それはそれでよかった、でいいのかな。・・まあ、いいや。どこか行きたいところはある?」
「特には。街についての知識がないの。お任せするわ。」
「うん、分かった。任せて。まずは露店の並ぶ中央広場に行こう。」
そう言った後、二人で所謂世間話をしていると、あっという間に中央広場についていた。
前世で言うヨーロッパの古い町並みのような石造りの建物、石畳の路面、活気のある露店、溢れるように行きかう人々・・・海外旅行に来ているようだと思った。わくわくする。それに、これは・・・。
「・・・あった!」
私は一緒に来ているシャルルのことをすっかり忘れて、周りの観察をしていた。そして、振り向いた先に見えたアレの屋台に走って行こうとした。キュッと手を引かれて、それは不発に終わった。
「ナディア、落ち着いて。楽しそうなのは分かるけど、そんなに治安は悪くないけど、それでもね、一人では危ないから僕から離れないで。どこに行きたいの?」
あ・・・シャルルもいるんだった。やだ、シャルルの方がずっと大人な対応だ。ちょっと恥ずかしい。一人ではしゃぎ過ぎだ。
「ごめんなさい。シャル君のことすっかり忘れていたわ。あのね、あの屋台に行きたいの。」
私は串に刺した肉をガンガンに焼いている屋台を指さした。
シャルルはふぅっと息を吐いて、はははっと乾いた笑いをした。
「そんな事だろうと思っていたよ。手を繋ごうね。迷子にならないようにね。あの屋台だね?僕と行こうね。」
「・・・はい。」
私はちょっとの反省の後、しおしおとしながらも串焼きの屋台へとシャルルに連れられて行った。
「そう、これこれ。前世で読んだ物語の中によく出てきた串焼き!これ食べてみたかったの。」
シャルルはくくっと笑って言った。
「それってナディアの言っていた『あるある』?」
「そう、あるあるよ。貴族令嬢には串焼きにかぶりつくなんて発想がないから、どう食べていいか分からなくて戸惑うの。それを一緒に街歩きをしているイケメンが食べ方を教えて・・・ってエピソードがよくあったのよ。なんかおいしそうで、食べてみたかったの。」
「それってロマンスを感じるところなのに、ナディアは食べ物に惹かれたんだ。やっぱり面白いね。一本ずつでいいかな。二本ください。」
シャルルは頭にバンダナ的な布を巻いた30過ぎの店主に声を掛けた。
「あいよ!焼き立てだよ、あんちゃん。」
「うわぁ、すごく美味しそう!お兄さん、これは何のお肉なのかしら?」
「お兄さんとは嬉しいね。これはウサギの肉だよ、お嬢さん。」
「ウサギってあの耳の長い?」
「そうだよ。決まっているだろう。ウサギは耳が長いもんだ。」
「へぇ、とても美味しそう。」
「ははっ、俺の店のはとびっきりうまいよ。」
店主はぱちんとウインクをした。
「まぁ、チャーミングなお兄さん、ありがとう。美味しく頂くわ。」
「はは、今日は天気もいい。お嬢さんも兄ちゃんとのデートを楽しんでくれな。」
そうでした、シャルルと私はデート中だった。シャルルと顔を見合わせると、私は頬を赤くした。シャルルもほんのり頬が染まっているようだ。
「いいね。若いって。」
店主がしみじみ言う声で私たちははっと我に返り串を受け取って、ベンチに移動した。
「・・・はい、ナディア。」
「・・・ありがとう。」
何故か気まずい。
串焼きは何のスパイスか分からないがピリッとして美味しい。柔らかいとは言わないがそう固くもなく癖もないうさぎ肉は美味しかった。
「おいしい。」
「そうだね、ナディアはウサギ肉は初めて?」
「多分。公爵家で出たお肉の中にもこんなのなかったと思うわ。」
「そうだね。通常ウサギは平民しか食べないね。」
「そうなの?こんなに美味しいのにね。シャル君も初めて?」
「ううん、たまに街に出てきた時に食べるよ。」
「ふーん、よく来るの?」
「うん、そうだね。月に二、三度は来るかな。視察にだけど。」
「そう、王子家業も大変ね。前世で14って言ったら、学校と部活と遊びしかしてなかったわよ。」
そうだよね。14歳ってそんなものよね。
ああ、私も友達と楽しくやっていたよね。何だか遠い昔のことのようだ。




